両日に連絡事項を確認し、参謀の西野は采配を振るった。囮のリムジンではなく、舎弟の車に乗り込む。
「補佐の六人、幹部十人は何があっても死なせんのやないで」西野は車の後部座席で、隣に座る城に指示を出した。「今後一年で関東の三下共を蹴散らすことだけが目的や。向こうさんも会長が先代から変わったばかりやからな。直接うちが手を下さんでも、内部で内輪揉めしてくれたらそれに越したこっちゃないんやわ」
「――はい」
「特に中田と俺は表面上知らんふりを通すんでな。おまえさんも引き際見極めて、己が死にそうになったらやめる。わかっとるな」
「はい」
城は無表情に答えた。
「山王会の何が気に喰わんて」西野はいった。「あの古狸は確実に先代の会長殺しとる。それだけやったら未だしも、今は下に就かざるを得ぇへん先代の小狸たちを、頭でっかちのションベン臭い裏切りモンと一緒になって脅しくさって――その辺の石ころみたいに自分とこの組員を使うとるんじゃ。何人死なせたら気が済むねん。気ィ狂とるで」
花菱会は義理と人情を押し出してはいないが、家族である組の仲間だけは大事にしてきた。人間を鉄砲玉のように使い捨てできた時代は終わっている。世の中はこの二十年で様変わりし、人手不足で悩んでいるのは一般社会だけの話ではなかった。
先代は仇討ちに関して最も厳しく組の者に説き、この世で一番恐ろしいものは身内の復讐心。眼に見えぬ憎悪を買うだけでも組織に支障が出るのだから、傘下のものは無駄に殺すなと口を酸っぱくしていた。
反面、山王会には過去に手酷い裏切り行為を受けていたが故に、時期を見計らって潰せる機会があれば容赦するなと遺言を遺している。現会長の布施は先代に息子のように可愛がられた経緯があったため、これを忘れた日はないはずだ。
絶好の機会が巡ってきたのだ。逃すわけにはいかなかった。
「金タマ丸出しで腹太鼓打っとる隙に、狸皮剥いでしもたろっちゅう算段や。それをおまえさんに頼みたい」
「――」
「中田のとぼけはそれこそ剥けぬチンコの皮算用やて。狸囃子に狐を紛れこます気やから、わてと会長には安全な場所で休養取れとまで言いよんねん。どう思う?」
「――さあ」
「口数少ないヤツはな。嫌いやで俺は」
城は内心冷や汗をかいていた。冷酷なポーカーフェイスは仕事上の仮面である。幹部の機嫌を損ねれば、命がないのは皆平等。城が惜しいのは死に方ではなく、死ぬ理由が問題だった。口下手が理由で若頭に殺られたのでは格好がつかない。
人を使うことに慣れている西野は、まさか自分より頭一つ半以上大きい男が、そんなことを考えているとは知るよしもなかった。この殺し屋、自分と一向に目を合わさんけど。さては生来の人見知りやな、天職やで――と当たらずとも遠からずなことを思った。
城はぽつりといった。
「惚れてはるから、しゃあないんやないですか」
「中田か。どういう意味でや?」
切り返しが早い。城は焦った。
「若頭が会長に心臓ごと差し出しとるみたいに」
「心臓て。端整な顔しよってからに、女の口説き文句みたいやな」
「――」
「帳簿は住之江公園のごみ箱の裏」西野は微笑んだ。「中田と俺の組員から、顔が割れてないモン誰でも使うたらええ。でも」西野は笑みを消した。「無駄に死なせよったら、おまえさんの商売道具。この手で捕らしてもらうで」
「――腕二本で勘弁して貰えるんでしょうか」
「犬の餌にもならんもん要らんっちゅうとんのに。なんや、どいつもこいつも。頻繁に四肢損傷したがるけど生まれつき無いもんの気持ち考えたことあらへんのかいな。ン? 今度の集会は組員全員に捕縛プレイ強要やと触れを出すわ。会長も握り金玉になっとるから、オモロイゆうて喜びはるでコレは」
「では――」
「メンタマ指でくり貫いたる。安いモンやろ」
泰然とした西野の言い分に、聞かぬ存ぜぬで空気のように呼吸音さえ消していた助手席の側近と運転手が、ゴクリと唾を呑み込むのが城にもわかった。
西野は己の云った矛盾を理解していたが、窓の外を見て呟いた。
「指。詰めるとこみたいなあ。中田、もっかいヒョウソやらんかな。泣いて喘いで真っ赤になったら、もっと可愛げ出よんのに」