【全員悪人】


02



 舎弟に連れられ現れたのは、花菱会長補佐であった。梅田の地下街の如く入り組んだその皺を見ると、西野の記憶は遠く子供時代にまで遡った。厳格な祖父は口数も少なく、腰も曲がっており清水のように身軽ではなかったが。

「よう清水。奇遇やな」

「お邪魔しますで」清水は床で号泣している親子に軽くうなずいた。「西野さん、長のご無沙汰で」

 二人は返事をしなかった。店内を見渡すと、端から漂う不穏な空気に客の数は激減していた。西野は辰雄に春雄を手当てしてやれと命じた。店の外は包囲されている。逃げられはしない。

「こんな辺鄙な田舎街まで御苦労さん」西野は清水の労をねぎらった。「江坂の駅からつけとったやろ。酔っ払いのフリしだしたの見て、どないしよかと」

「一声かけてくださったら、お車を回しましたのに」

 西野は目をすがめた。「――私情やから自分の足つこたんやで」

 清水は余計な口を叩かなかった。西野が白を黒だと言えば、たとえ現会長の布施が「あれはどう見たって白や」と言い張っても、黒と言ったほうが通りがよい。可愛い舎弟の我が儘に折れた布施が、意見を変える可能性も高いからである。翌朝には純白の薔薇も黒く染まっているに違いないからだ。

「まあ、ええか」西野は彼を向かいに座らせ、マネージャーに酒の残りを持ってくるよう指示を出した。

「ミナミくんだりの探偵でもそんな変装しよらん。刑事かと思た」西野は両手を擦りあわせて清水にツマミを薦めた。「会長もコソコソ手ぇ回すの好きやな。おまえさんにしたって、自分で来んでも下の奴らに任せりゃええのに」

「私以外が忙しいんです」清水は声を落とした。「誰か付けんことには無茶しますでしょう。補佐の遣いも来とったようですが」

「中田は用事言いつけてん。気に入りそうな女も見繕って送りつけたんやけど、追っ返したらしいな」
「ベッピンさんやったのに、もったいない」
「――」
「そんな顔しはらんでも、手は出してまへんで」

 西野はグラスを机に置き、眉をひそめた。「あっちも大丈夫やろな」

「どういう意味で?」
「……どういう意味でも」
「補佐に色目使たことあるかゆう話やったら。あの人鈍感でしょう。酒呑ませて手なんぞ握って股間撫でさすって」
「――!」
「夜道で襲い跨がったら愉しいんでしょうな。あいにく顔合わせるのも昼間ばかりで、そうもいきません」

 食えない親父や、と西野は苦笑した。口をつけなかったグラスを清水にやる。当人はそれを寅になるのでと断った。西野は清水を連れてきた下っ端にそれをやった。

「もう一件片付けなならん先があるんやけど」西野は間を置いた。「来たい? 清水」

 西野は立ち上がった。店の奥でこちらを窺う店員たちの気配を感じる。舎弟に帰る旨を伝えに行かせた。清水はうなずいた。

「差し支えなければ」
「デカチンの早漏は始末に悪い。早めに釘刺しとかんと夜も寝られへん」
「子守唄ぐらいやったら歌いますで」
「……会長の枕元でやっとれ。歩くで、老いぼれ」

 怒りもせずに「へぇ」と応えた清水に、西野は自らの歳を思い出し口をつぐんだ。自分もそう遠くないうちに後ろを追いかけるのだ。余計なことは言わぬが花である。



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