【全員悪人】


05)「俺より先に死んだら、」 (絶対、赦さへんからな。)



「胃潰瘍で棺桶に片足突っ込んどるとかアホか」布施は煙草を吸いながら肩を落とした。「誰や、不治の病ゆうたの。飲み過ぎ食べ過ぎに仕事のしすぎが原因やろ」

「そんなところやとは思とりました。相当痛かったんとちゃいますか。辛抱強いのも考えものですなあ」

 清水は一気呵成に面倒ごとの書類を片付けながら、若頭である西野の不在を補って判子をついていった。

 燗酒を前に布施は座卓に片肘をつき、苛々と指で叩いた。

「死なんやろな」
「いま行ったらあきません。病院連れていくのも一苦労でしたんや。『みるきぃマリンちゃん』言いましてな。ウサギとイルカの合の子みたいな着ぐるみを若頭に着せて」
「――なんやそれ」
「イルカにウサギの耳ついてますねん。アニメのキャラクターです。痛車に乗せて運んだんですけど。例の病院と上が繋がっとって、私は顔が割れてますでしょう。身バレせんかとヒヤヒヤしました」
「イタ車なんぞ余計に目立つやろ」
「イタリアの車ちゃいますで、会長」

 アニメの絵のついた自動車のこと、とにこにこ説明をつけ加えるので、布施はたじろいだ。

「どっから、そんなん」
「上の孫はアニメーションの専門学校行ってまして、なんやイロイロ揃えてますんや」
「三人とも男やろ――」
「四人。娘は男腹でしたから。イマドキ、男でもそんなもんです。会長」

 うめき声は吸い込まれるように座敷の隅に消えた。布施自身にもよくわからない掛け軸がこの部屋にも掛かっているが、清水の孫の手にかかればどういうインテリアになるのかなど興味がある。

「うちの組に呼んだら盃やるで? 将来心配や」

 極道社会に馴染ませて何が将来安泰であるのか疑問だが、自衛隊の戦闘機でさえアニメのキャラクターを推し出してくる時代だ。人材の得意分野の何が必要になるかなど、誰にもわからない。

 しかし清水はいい顔をしなかった。

「ああ……『極道戦隊タガログ5』というのが来年から始まるらしくて、いそいそ車回して来ましたんで。本気になったら困ります」
「弱そうやな」
「昨年は『任侠軍隊893』とかいうのにハマって、暇があったら腹筋してましたけど握力二十キロもないんです。高校生にカツアゲされたて連絡来たんで、舎弟こっそり送りこんだり。目はないですわ」
「長男か」
「次男坊。若中の一番下に率いれたのおりますやろ。あれと同い年です。頭一つ以上小さいんで中坊にしか見えんし」

 外からの声で歓談は遮られた。舎弟を入れるとまずい書類もあり――次の人事に関する噂は既に流れてしまっていたが――、清水が立ち上がり要件を聞いた。中田より託された封書を受けとる。

「処置が早かったので大事ないそうです」清水は内容を読み上げていった。「明日は私に来てほしいゆうてますけど、会長も行くんやったら目立つ格好は避けなあきまへんで」

「行ってええんか。意識ちゃんとあるんか」
「顔見たら早よ元気なるかもわからんし」
「――いくらなんでも、そんな殊勝な奴やあらへん」
「涙もろなりましたな」
「アホか。煙のせいじゃ」
「火ィだいぶ前に消えてますで」
「行っても何ぞできるわけとちゃうし。おとなしく留守番しとるわ」

 脇に置いた扇子でパタパタと扇ぐので、清水は含み笑いを隠した。

「なんやねん」
「似た者同士ですなぁ思て」
「……来期の取り立てやら組の管理は中田に任して、西野には伝言や――」




05) 「俺より先に死んだら、」

(絶対、赦さへんからな。)






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