【全員悪人】


04)「全然おもろなかった」(おまえらが居らんから)



 城が花菱本邸を直接訪れることはほとんどなかった。顔が割れないようにするためには、上との繋がりを極力絶つしかない。

 それゆえ報告ついでに現在地を聞かれ、近くであると知れた後に西野が言ったことには仰天した。

「自分、晩飯どないしとる?」
「は」
「飯島の誕生日やから船場の板長呼んどんねん。先代の組から離脱して店出したくらい旨いんや」
「はぁ」
「会長の計らいやけど、あいつ食細いからな。同席して残ったの食べてやって」

 つまり今から来い、と。城は困り果てて再度口を開いたが、長く続いた沈黙を誤解されまいとしての「はい」という言葉を、西野は返事と取って電話を切った。

 花菱の砂利は下っ端の手によって砂筋を入れられ、踏みしめるのに躊躇うほどだった。飯島本人が出迎えた。若干高めの声で「よう」と片手を上げるので、城の不安は多少和らいだ。年格好が近いこともあり、会話力のない城を理解して気さくな接し方を選んでくれる唯一の人間であった。

「来るて云うから」
「兄さん。誕生日おめでとさんです。これ」
「花束はええとしても、白薔薇!」
「なにぶん急で、思いつきませんで」

 座敷に持って入れば西野が爆笑した。飯島は「城ちゃん、次は頼むから花以外で頼むで」とボソボソいった。その言いようが西野には「お嬢ちゃん」に聞こえ、ますます笑った。

「何をやらかすやら予測つかへんな、お前。組持ちたないか」
「――持っとるようなもんです」

 正確には殺し屋稼業であると人間が頻繁に入れ替わるのだが、城は上に立って何かを成すということには興味を引かれなかった。

「飯島の下に就くとか」
「若頭。私の手にこいつは余ります。正体知れたら誰も近寄れませんし」

 西野は生返事を返しながら、二人を向かいに座らせ舎弟を呼んだ。「おい、そこの花。花瓶に突っ込んで持ってこい」

「はッ」

 途中で中田が参戦してからも、薔薇についての話題は尽きなかった。花束もろて喜ぶの女だけやでと西野が言えば、そんなことあらへんと中田は反論した。

「会長から貰った鉢植え大事にしてはったやないですか」
「なんやったか」
「除虫菊」

「ああ、あれ――蚊除けにな」城の視線に西野はけらけらと笑った。「俺、蚊に酷いアレルギーあるんや。会長の花のセンスはシロより酷いけど、あれは見た目も可愛いで」

 中田が再度口を挟んだ。「豚の蚊取り線香入れ、あげましたやろ。どこにやったんで」

 西野は苦い顔をした。「人の劣等感刺激して楽しむ悪い癖やめ。あの白豚よりによって顔が俺によう似とるし」

「黒いのは補佐の事務所にありましたな」飯島が口元を隠しながらつまようじを使って器用にいった。「線香の替わりに銃弾が入っとった」

 西野はちょっと黙り、よく考えていった。「なんで揃いやて言わんの、中田」

「俺の組なんぞ滅多に来ることないのに、よう見とるな。飯島」中田は苦い顔をした。

「若頭があれを貰って半年、ことあるごとに撫で擦っていらっしゃったので」

 沈黙の中に両者の溝が埋まった空気を感じると、飯島は折り込んで箸置きにしていた紙を戻し、使い終わった箸を入れた。

「ご馳走さんでした」
「もう食わんのか。シロ、残したら悪い。造ったの兄貴分やしな。さらえろ」
「犬みたいに云うたりなや兄貴」
「へぇ」

 城はおとなしく従った。食事が済むと花瓶を抱えた飯島に招かれ、続きは客室で飲むことになった。

 例年の最高幹部・隠密慰安旅行に飯島や城が同伴することはなかったのだが、後日会ったとき西野は次のような不満を二人にもらした。




04) 「全然おもろなかった」

(おまえらが居らんから)






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