【全員悪人】


03)「ありえへんくらい、」(好きやった。)



 穏やかな気質の、いい女である。

 家庭を持つのに最適だと思った。愚かなことに俗世間からはその身を経ち切ったこの期に及んでも子供が欲しかった。四十も半ばを過ぎると切実に想いは募った。女のほうはまだ若かった。それで早めにつくろうと励み、幹部に昇格したことで家を持たせ中之島に囲ったが、とうとう子供は産まれなかった。

 籍を入れるのは女のほうが頑として拒んだ。女は何の事情を抱えているのか、中年女のように背中を丸めて歩き、三十になる頃には老人のようにじっと部屋で待つようになった。

 美しい女だった。丸めた後ろ姿にさえ圧倒されるほど、佇まいが洗練されていた。

 中田は女に着物を買い与え、着付けがわからぬと言うので教室まで世話してやり、舎弟の一人を迎えに寄越し、毎晩ヤサへ帰ると女を掻き抱いてはその横で寝た。

「おい色ボケ」その当時は西野に会うと顔を見るたび嫌みを言われた。「お前のスケだかバシタだか。注意せぇよ。肝抜かれて腑抜けとるで」

 舎弟の一人に橘というのが居た。これが面倒なことに女に惚れていた。惚れていることを知っていたため、女の迎えにつけた。

 そうした日には女は特別艶っぽくなり、中田は嫉妬で張り裂けそうになりながらも、美しくなった女を見て嗜虐的な気分に浸ることを思いついた。女の気持ちを知ってからは舎弟を迎えにやるのは週二回にした。

 ある日、閨の声を隣の部屋で橘に聴かせるという馬鹿をやった。畳に正座させドスを隣に置き、無言で襖を閉めた。事を始めてから女は激しく抵抗した。襖を開けるかと言えば堪忍してと泣き叫ぶ。打ちつけたり揉みしだいたりすると、助けて、狂う、殺してと言った。

 背中で襖の開く音がした。中田は振り返らなかった。横抱きにした半裸の女に身を伏せながら、刺したきゃ刺せや、といった。すべてを終えて昏倒した女の下半身を綺麗に拭い、寝かしつけて隣に戻れば、橘は女と同じ死んだような目で中田を見た。

 女はその後、五年足らず中田の傍に居た。橘のほうは何故か先代の逆鱗に触れ、鉄砲玉となって運良く生き残ったが、終生刑務所で過ごすはめとなった。

 連絡を受け西野の私室で座っていると、部屋に入ってきたことも気づかぬほど狼狽えている自分を知った。

「中田。こっち見ィ」
「へぇ」
「貴子な。首切って花菱本邸の角部屋に居った。お前を訪ねてきたんやて。あれは確かにええ女や」
「死にましたんか」

 西野はじっと中田を見た。「――生きとる。でもあの女はアカンで。俺の忠告利かんかったの、初めてやな。花菱かあれか、どっちか選べ」

 血まみれの短刀を机に放り投げ、西野は去った。中田は一瞬、西野が女を斬ったのだろうかと思ったが、鞘から抜いて刀身についた血を見つめると、そろそろ自由にしてやってもよいという気がした。




03) 「ありえへんくらい、」

(好きやった。)






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