【全員悪人】


01)「目ン玉エグり出したろか」(お前は俺だけ見とけばええ)



 入れ、という声に素直に従えば、スプーン片手に西野が椅子を回した。中田は思わず言った。「また甘いもん食べて」

「会長がくれるんや――断れんし」
「歯ァのうなりまっせ。酒か菓子かどっちかにせな」
「ガタガタ抜かすと前歯ヤスリで磨くぞ」
「酸蝕歯の痛みはまだ知らんようですな、兄貴。食後はレモン汁と砂糖混ぜたのしか出さんようにしますわ」

 中田は続けて軽く笑った。「前歯に穴空きましたらなぁ。風吹いてきただけで殺してくれて懇願するようになるし、歯医者では唾液吸いとる機械が一番の拷問器具になるんでっせ」

「カタギが経験するような程度のことに堪えられんで、何が極道や」西野は内心震えた。

 書斎の脇には間食用のゼリーだのアラレだの、子供の駄菓子のようなものが並べられている。前屈みになる度に胃を押さえていることはわかっていたが、様子を見る以外のことはできなかった。

「ろくに食べてまへんやろ。食事取らな」
「会ってへんのになんで知っとん。まさか部屋子の若衆もたらしこんどるんか」
「会うてないからこそ分かるんで。……やっぱり今月こそ病院に」

 西野は首を振った。「お前も反対したやろ。事が済むまで抱えの主治医だけで対応。清水の監視もついとる。俺が体壊しとるなんて知れたら夜這いにくる連中が増えて困るわ。貞操は誰が守ってくれるんや」

 中田は無表情だった。「尻捲ったら俺が突いたるんで、早よ出しなはれ」

「……お前が本気出したら一生不能なるからやめて」

 中田が机を回り込んできたため、西野は構えた。端に腰を預けて両足を交差させるが、それ以上には近づかない。

「レントゲン撮るくらいやったら足つかん所もあると清水が」
「医者の云うこと信用しすぎや。清水はああ見えて口が上手い。元は病院側を裏切ってうちに入ってきとる男やで。会長の言葉借りるんやったら――」

 一度裏切った奴はなんぼでも裏切りよる、と続けかけたが西野は詰まり、そのままため息に変えた。

「まあ清水のことはええわ。先代もあいつの家族を人質に取ったようなもんやし――俺がどうこう口出しする権利はないんでな」

「ずいぶん含みがありますけど」中田はあきれた。「兄貴。清水は生粋の女好きでっせ。会長とは別になんも」

「さがりボンボンもええとこのやろ」
「――昔フラれたん根に持ってますんか」
「医者の話や!」
「根に持ってはるんですな。困った人や」

 耳打ちするように顔を寄せると、西野は窓際を向いて唇を避けた。「それとも……会長の」

「もうよさんかい。今日はしつこいで」
「たまには俺のことだけ見てや」

 一瞬何を言われたのか理解できず、中田のほうを向いた西野はたじろいだ。「怖い」

「人が真面目に口説いとんのに――」
「電気消して横になったら、どっちがどうとか関係ないわな。油断しとる時も、まあ。でもな」

 本気で俺を口説く気やったら、と西野は続けた。




01) 「目ン玉エグり出したろか」

(お前は俺だけ見とけばええ)






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