【全員悪人】


29



 年明けである。布施は宴会芸に退屈していた。極道の慰安旅行は行儀の良さだけなら茶道の師範も越える。問題は華がないことだった。浪曲の三味線弾きなど一人いるが、それも男だ。

 こと『ゲートボール倶楽部フルールロザンジュ』などという名称で来ている手前、組員の誰もがいつになく澄まして揃いの浴衣でしゃなりしゃなりと歩く始末。熊か猪の行列に見えた。

 余興のほうも付け焼き刃のフランス語で桃太郎などやる。半数は意味がわかっていないにも関わらず泣き伏す。酒の入っていない布施は差し込んだ襟から臍の穴など小指で掻いて、お慰みの拍手をしている清水に耳打ちした。

「西野はどないしたん」
「天満宮参っとります。長岡来てすることなんぞ神頼みくらいやて」
「中田も一緒か。二人合わせて撃ち殺されたら終わりやで」
「去年死んでておかしなかったんやゆうて笑たはりました。死に損なうと逆に命惜しなるもんかもしらんですなあ」

 いざ開いてみれば胃潰瘍を悪化させただけの話であったが、一歩間違え処置が遅れていれば、新たなお通夜となっていた可能性も高い。体から抜けた半分の血は一ヶ月絶対安静、半年通院で元に戻すしかなかった。

 布施は西野の病気を口実に、彼を手放さず済んだことで胸中安堵していた。もとより関東に信頼のおける舎弟を配置するのは西野に任せたのだが――やはりと云うべきか、中田や飯島を外す選択肢を選んだ。

「あそこの天神さん学問専門やろ」

 布施は酒は控えめにチビチビとやった。清水も積極的には注がなかった。

「十何年か前から八条ヶ池の改築重ねて、豪勢になりましたんや。水上橋の再建も済んでかなり経つのに、蓮池前で立つと檜のええ匂いしますねん」
「玉串料渡したか?」
「子供やないのに駄賃くれてやる会長はんがどこに居るんで……」
「祭りの時期には何処にも来られへんさかい、小遣いやる機会なくて寂しいわ。テキ屋に戻ろかな」

 布施は若い時分に親しんだ仕事を思い出してつぶやいた。清水は布施が金魚の卸売りをしているところを想像しようとしたが無理なことだった。

「中田と飯島が買いに行った市販薬で悪化したって噂流れとるけど」
「若頭は飲んではらへんかったので、真っ赤な嘘です。でもその噂のおかげで、中田を推してきた人間の溜飲も下がった。いざとなったら討てるんやて示したことにはなりましたんでな」
「でもそれだけや。上の結束が硬いことを面白く思わんモンは減らへんからの」

 左の下座で飲んでいる連中に視線をやる。

「アホ飼い続けるのも難しいな」
「うちはもともと水の違う所から来た人間ばかりでっせ。私もそうですけど」
「神戸やったか」
「しらっとぼけて。あの大学病院分離しましたんや。ミッション系やしそのうち天罰下りますわ」
「どこぞの助教授風情が持ち逃げして潰したんやろが」
「准教授なんてけったいな呼ばれかたせんで済んだことには感謝しとります。会長、マイクきそうやけど」
「耄碌爺ィは呂律回っとらんて断れ」

 乾杯の音頭さえ清水がとっていた。名実共に顧問の座を獲得した故に今さら反対する者はいないが、お役目を早めに終えて引退する意向であった本人としては複雑である。布施もそれを知っていたため、次の休養は兵庫で決まりやなと舎弟の数を目で数えた。

「山王会のダニも増えたな」
「かゆうてかゆうて寝苦しい夜を過ごすはめになっても、残したことで便利に使えますわ」
「――先代。怒っとるやろうか」

 旅先には必ず持ち歩く肖像を手にそれを眺めるので、清水は額に耳を寄せた。

「今後に期待しとる云うてはりまっせ」

 その様は年老いた御家老が殿様に膝枕でもせがんだように見えて、座敷は何事かと一瞬静まった。布施はニヤリと笑って清水の肩を自分の膝に倒した。



prev | next


data main top
×