大友はビニール傘を手に国道添いの坂を歩いていた。雨だった。
城に託した言葉は結局無用になった。自分が命拾いしたことについては何の感慨も湧いてこない。木村の棺桶を見たせいもあるだろう。どこかで生きてくれるのならそれに越したことはないが、花菱の奴隷として一生過ごすのなら安易に喜ぶこともできない。
――俺が死んだら丸暴の片岡はお前が殺してくれ。
判断を間違えたのか。花菱が生殺し状態で自分を泳がす意図は何なのか。大友の思考は右折しようとしたままの向きで止まっている車からの大声に遮られた。
「チンタラ歩いとったら轢き殺すぞワレ!」
横断歩道で若いOLが倒れている。既に轢かれた後なのは明白だった。大友は女の傘を拾った。
「ねぇちゃん。大丈夫かい」
「脚が――」
女は動けず、助けを求めて濡れた面を上げた。車から男が二人おりてくる。肥え太った中年のろくでなしに見えたが、大友は驚かなかった。昔はチンピラといえば若くてもそれなりに道理を知っていたが、最近の馬鹿はいい歳の一般人である。腕っぷしはないが威勢だけは無駄にいい。
「オイおっさん」
「――酒入ってんな。それとも脱法なんちゃらってお菓子か?」
「いいからどけよ。コイツ気取ってっからぶつかっちまったんだよ。顔ネット晒したろか」
「俺パンツ撮ったわ。女様は偉いえらい。な、じいちゃん。コイツらのせいで俺たち就職難であぶれたのよ。退いてよ。掲示板より動画サイトかなあ」
ゲラゲラと笑って携帯電話を向ける。大友は女の傘をぐるりと回して最初に声をかけてきた男の腹に差し込んだ。ねじりを入れて股間に膝をいれる。傘の柄を口に叩きこみ、梃子の原理で体重をかけ前歯を粉砕した。白いものと赤い血が川となった道路に降りかかる。
女の悲鳴が闇夜を切り裂いた。
携帯を女に向けていた相棒は、大友の凄技を納めようと方向転換したが遅かった。ジャンプ傘を開いて投げると、愚鈍な体は前倒しになった。大友は垂れてくる雨水に顔をしかめながら男に近づいた。
「ひぃ。ひい……! ゆ、許して。たす、助けて」
「機嫌悪ィんだこっちも。携帯貸せよ」
男が投げたそれを、肩にかけていた傘の先で割る。もう一人はあがあがと言いながら車に戻ろうとしたので、大友は拳銃を取り出した。タイヤを撃ち抜くと男は扉に隠れた。
「そこから動いたら撃つぞ」
もう一人の首根っこを掴み、女の元に行く。女は下半身を雨に埋めた若干卑猥な絵の一部となっており、大友は目に毒だと少し視線をはずした。
「や、ヤクザ! けい、警察」
「心配すんな。呼んでやるって……ねぇちゃん」
「は――はい」
女の返事のほうがしっかりしていた。大友は自分の防水携帯で百当番操作して、彼女に渡した。「悪いが自分で説明してくれ。俺はコイツを始末したらズラかるから」
「始末?」
性懲りもなく女の肢体にニヤニヤとしている男の顎を蹴りあげ、大友はその目の位置に傘の先を合わせた。男も女も蒼白となる。
「ま、待って! もうっ、もういいです。大丈夫。私、本当に!」
「そうかい? だったらネットだな」
大友は血まみれの口でガタガタと震える男の傍までもう一人を引きずり、携帯と両者の財布を出させた。免許証を撮影したところで女が「三分で着くそうです」と叫ぶ。
「お前ら。服脱げ」
「えっ」
「時間ねぇから下だけでいいや。お前。手伝ってやれよ」
ゆっくりやろうとすれば容赦なく殴った。雨に打たれて泣きじゃくる気持ちの悪い顔の写真を撮り、股間を晒した全身像を撮る。赤外線で自分の携帯に移し終えたところで、サイレンが聞こえた。
「急いで!」女は言った。「ありがとうございます。あの、本当に……ありがとう」
大友は女の傘を汚したことについて謝り、ビニール傘を開いて彼女にかけてやった。去り際にまだ逃げようともがく二人の男の頭同士をぶつけ、歩道を渡りきった。
写真の拡散をし終えた後は、脚のつく携帯は溝に捨てた。大友はくしゃみをひとつした。