【全員悪人】


26



 城は納骨された白い箱を抱え、波止場の脇で待っていた。少し離れた場所では、漁師が横づけにした貨物船の積み降ろしをしている。早朝の潮風がきつくなってきたため、トレンチの襟元をしめた。

 黒塗りではない高級車が来たが、目当ての人物でないことは城の視力では一目瞭然であった。しかし小心者の城は一瞬冷静さを欠いて、逃げ場を確保するため海に身を投げようとした。車の扉が開くほうが早かった。

 西野はボディーガードもつけず、飯島一人を運転席に置いて喪服のまま城の前に立った。

「それ。誰の骨や」
「……」
「木村とちゃうんやろ。中田の感じではまだ生きとるみたいな口振りやったからな。しぶといヤツ」

 飯島が降りてくると、西野は殺気じみた目で彼を振り返った。西野は車内では一度も開かなかった唇を歪めた。

「仲間はずれか。おい」
「補佐の判断です。何かことが起こっても、会長と若頭は知らぬ存ぜぬという話で」
「俺に嘘ついたんやからな。昇進はあと十年は延びると思っとけ」
「承知しています。若頭が会長になったとき清水の位置に立っていられたら、私はそれでいいんです」

 西野は城に指を振り、車に戻った。城は箱を眺め、飯島と目を合わせた。飯島はうなずいた。城は箱を見て首を振った。飯島は首をかしげた。

「棺桶開けたアホがおったらしいな。誰の骨なんや?」
「石原組の残党です。木村と背格好の似た男の顔に傷つけて、長いこと閉じ込めとったんですが」
「そんな前から計画してたんか――中田の補佐も大概怖いな。全く気づかんかった」
「いざ連絡しても木村が逃げなかったのは誤算でした。組員を増員して見張らせていたので対応できましたが、十分遅ければ死んでいたでしょう」

 中田は西野を完全に欺いていたことになる。飯島はせめて自分に一言くれていたら、仲を取り持つのも楽であるのにと思った。

 西野に呼ばれた飯島は城の労をねぎらい、車内に戻った。車が走り去ると、城は今回も撃ち殺されなかった我が身の運の強さに安堵の息をついた。

 箱を脇に置いてその場に座る。じっとしていると海辺から行列をつくって船虫が這い寄ってくるので、身を揺すった。脚の多いゴキブリそのものである。

 似て非なる生き物もいれば、ただ似ているというだけで身代わりに殺された者もいる。木村は息を吹き返したついでに、あの醜い傷痕を整形され飼い殺しとなるのだろう。城は箱をもう一度見た。白布を取り払い、中身を開ける。

 虫籠に入った爬虫類は息も絶え絶えとなっていた。木村の事務所で飼われていたものらしい。城は殺されてしまった西野の部下たちが――腕も分割払いで許してもらえるだろうか――、愛贋物の世話をせっせとやいている所を想像しようとして諦めた。

 而して籠を開けてやれば、木村が守宮と思っていたそれは井守のほうであった。色が黒いし腹が赤い。城は四国の田舎町で育っため、見分けるのは容易であった。脚の本数も違う。

 海辺で逃がしても生きられない。彼らは蛙と同じで河辺が生息圏である。城は瀕死の井守を見ていると、木村を初めて見たときに感じたあの予感は正しいのではないかと思った。

 例えば指など落として、色を塗り替えてやったところで……当人が生き続けることに何の望みも抱いてないのであれば、ただの傀儡と同じである。

 城は待った。そして連絡を取った人物がいよいよ現れないとなると、箱を抱えて一番近い河の場所を漁師から聞いた。

 土手から川縁に虫籠を開けてやったとき、井守はもう死んでいるように見えたが、それでもよたよたと水際に向かって歩き出した。

 約束した頼まれごとのほうは出番がなかったため、城の仕事はそれで終わりだった。



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