【全員悪人】


25



 漆黒の闇夜に代紋入りの提灯が点々と掲げられている。参会者は緊張の面持ちで早くから準備を進め、通夜兼葬儀はしめやかに行われることとなった。

 西野と中田の前後は護衛だったが、山王会の面々はもはや烏合の衆に過ぎないため、一同の関心はひとつであった。

「来よるかな。アイツ」

 西野は中田を仰いでそれを口にした。一年放置して文字だけ消えてしまった感熱紙のような男のことだろうと、中田の鋭い目は大友を探した。

「弔い合戦とか一文の得にもならんようなこと好きそうやもんなあ。冠婚葬祭でドンパチする機会なんぞホンマ久しぶりやで」

 中田は呻いた。大友が来るなら標的は自分たち以外にないのだ。中田の頭を過去に起きた抗争がよぎった。

「冬の慰安旅行でやりましたやろ。若頭が一般旅館取れゆうから『自然保護団体フラワーロゼンジ』とかいう訳のわからん偽名使こたら、隣の団体がよりによって公安で。半世紀無事に生きて死線越えかけたんあれが初めてですわ」
「ボランティア団体にマブいねぇちゃんが仰山おると勘違いしよった奴らがアホやねん。ゴルフ倶楽部とかにしときゃ万事安全やったわ。温泉でもないから彫りもん見せる機会もあれへんかったしな」

 胸元から取り出した香典を放り投げて記帳していく。普段は平仮名さえまともに書けるか怪しいような連中も、何かと必要になる筆字であれば皆一様に達筆であった。

「中田。怒っとるか」
「歯ァ悪い云うときながら、会長からの干し葡萄。俺に一個も分けてくれへんかったことなら怒ってますわ」
「いらんゆうたやないか」
「後の楽しみに取っといてもバチあたらへん」

 話題の逸らし方はみえすいていた。西野はいった。「結構気に入っとったんやろ。木村も大友も」

「――兄貴はどうでしたんや。活き活きして楽しそうやったで、この数ヶ月」





 奥座席は最上位だった。簡素な仏前に棺桶が置かれている。線香をあげる合間でさえ、白山と五味を含めた数名が入れ替わりで挨拶に来たが、西野は適当にあしらった。住職や葬儀社はすべて関係者の身内であった。

 西野は読経を無視して低い声で中田に話した。木村にな、と口を開く。

「加藤の手のモンが来るから、注意せぇやゆうて連絡したんやけど、間に合わなんだ」

 中田はぴくりとこめかみを動かして、囁いた。「初耳でっせ……」

「うん。甘ちゃん言われたないんで黙っとった。利用価値があるんやったらナンボでも使うて生かしときて、会長の言質も取ったんやけど」

 経を読み終えてもいないのに酒を薦めてくる向かいの白山を睨みつけ、西野は続けた。

「木村な。俺は陸上だけでは生きられんのです、て。水がないと干からびてまうから、花菱ではお荷物になります云うとった。意味わかるか」
「わかりまへん。あのボケちょっと頭足らんのですわ。要と同じで」

 西野はうなずきかけて、中田の言葉を頭の中で繰り返した。違和感の理由を探して目が虚ろになる。

「そうでもないで。丸暴の片岡について妙な話を聞いてな。裏工作があからさまやから、きちんと調べて用心せぇて逆に諭されて。飯島だけ先に寄越して、ヤツの部下で繁田っちゅうのに接触させたんや」

 読経に続いて鋭い発砲音が続けざまに外で聴こえた。慌てたのは山王会側だけである。五味は誰ぞ見てこい、と焦りながら命令した。

 西野は薄く笑った。「最終的にこっちは余分にひとつ手札が増えとる状態。次の人事は幹部の誰か弾いても飯島を昇格させるわ。交渉向きや」

「片岡一人殺ったら、警察全体を敵に回すことになりまっせ。若頭」

 出入口が急に騒がしくなる。一斉に立ち上がり拳銃に手をかける組員たちを尻目に、西野と中田は座ったままだった。

「片岡が完全に清廉潔白な人間やったら、そうなるわな」西野はいった。「二十年ほど前に起きたチンピラのやらかした監禁事件について繁田が唄ってくれた。犠牲になった刑事二人のうち生き残ったのが片岡らしい。加害者は服役後散り散りになっとったが、一人出てきとらん男がおって――」

 ふらりと室内に足を踏み入れた小さな男の体を目におさめ、西野は黙った。決断は花菱に委ねられた。護衛が脇で威嚇しようとするのを、中田が目で抑えた。

 西野は後ろで何が起こっていようと続く読経に重ね、よく響く声でいった。

「線香あげて早よう消えたほうが身のためやで。お前さんの席はここにはあらへんのやさかい」
「――はじめっから、そのつもりだよ。バカ野郎」

 果たして男は返り血を浴びた表をさらしたままお棺の元まで行って、丁寧な所作で手を合わせると箱の蓋を持ち上げた。

 騒然となった場の空気に負けて背中から撃とうとする愚かな舎弟を、白山は一喝した。西野がいいというなら山王会も手は出せない。

 大友は棺桶を元通りにすると、中田とだけ一瞬目を合わせたあと無言で立ち去った。西野はまるで何も見なかったような反応で、残りを告げた。

「ま。どないもならんようなってサツに脅されたら、その切り札使ったらええ話やな。手間ひとつ省けたで」



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