【全員悪人】


23



 両日。木村の事務所襲撃の報を聞いた要は愕然とした。花菱がやったわけではない旨を若衆たちの噂話で聞いても、心は晴れない。山王会加藤派の残党が動くであろうことは予想に難くなく、結果的に見捨てたのは同じだからだ。

 要は葬儀の参列者に自分も入れてもらえないか打診するつもりで廊下を歩いたが、清水が途中の壁際で腕組みをしていた。

「ぼうや、ついてくるんや」
「俺は補佐に話がありますねん」
「若頭たちは忙しい。それにお前さんにゃ花菱におってもらうつもりやからな」

 返事をするより前に着崩れたスーツを直される。極道社会の一員となって最初に困ったのが服装だった。所属なしのチンピラに見えないよう軍隊並みのチェックがときどき入るのだが、着付けまで世話を焼くのは清水くらいである。

 小さいながらも組を任されている要だが、舎弟にさえ頼りなく見られているのが実態だ。清水は内ポケットから取り出したライターを、要の胸元に入れた。

「飯島が賭場で使ったモンや。指を分割するのは手間やから、会長が担保取れ言わはった。私は煙草吸わんので持っとけ」
「……俺もやりまへん。子供ン頃に小児喘息の気が」

 さすがの清水もこれにはあきれた。「何を任すにしても不安になってくるやっちゃ。現代っ子は皆そうなんか」

 要を拾ってきた経緯を清水は知らなかったが、尋ねることはしなかった。

「中田の補佐とは私も長いつき合いやけど、知っとる限り人事の無駄遣いはしよらん」
「木村さんは死んだんでっせ」

 要は拳を握ったが、清水がその手を取った。

「上の決断は絶対や」
「――」
「金に物言わせたら処刑も免れたかもしれんけどな。それやと代わりに西野の若頭が殺られよる」
「なん……」
「後継ぎとして認めとらん奴等にとっては絶好の口実や。ついでに補佐の立場も揺らぐ。木村を花菱に誘ったわけやからな。花菱の双璧が居らんようになったら、内部で敵対しとる連中は布施会長が一人で対応することになる。近日中に首とぶわ」

 清水は要の目に宿った疑問に気づき、鼻を鳴らした。「――会長はわしの忠義なんぞ期待しとりゃせんで。金さえあったら先代の会長を撃って天下捕ったろっちゅう野望も昔はあったんやからの」

 清水は不良債権を抱えた大学病院の医師であった。取引銀行や町金融、悪徳弁護士その他諸々すべてを敵に回して手形を借り集めた経歴がある。

 関係者の中で抵当権がなかったが故に信用され、不明金を持って外国へ高跳びしようとしたところを親会社の花菱に捕まった。勘弁してもらう代わりに飼い殺しを承諾したのだ。

 以来四十年以上であるが、信頼や義理人情など持ったことはなかった。殺しの虚しさを抱えているのは、自分がかつて就いていた職業意識からだ。外科医であれば罪の意識は無かっただろう。極道一人が一年間で殺す人数の、軽く二倍は殺ってのけるからである。

 清水はいつもの落ち着いた身振りを返上し、要の顎を下から掴んだ。

「本来お前の躾は私の仕事やない。まぁ飯島も席をはずしとるんでな。云うこと聞かんのやったら他の連中と同じように重しつけて淀川にほるで」
「ポイ捨てされると知っとって、なんで……! なんで……ッ」

 弱きを助け、強きを挫くなど甘い幻想であることは知っていたはずだ。それでも言わずにはおれなかった。

 清水は布施の前で漏らした西野の言葉を思い出し、要を放した。

「花菱、何と闘っているんで――」

 要は喉の奥から声を絞り出した。清水の答えはなかった。



prev | next


data main top
×