【全員悪人】


22



 木村が加藤を殺したという噂は警察内部から拡がり、全国の極道にも回状で拡散された。しかし花菱だけは大友の不在をきっちり捉えていた。見張りについたのは城だった。彼は大友が加藤を始末したと西野に報告した。

 和室の懐石膳を舎弟二人に勧めながら、西野自身はそちらには口をつけなかった。城は飯島の見事な箸捌きを真似ようとしたが、三口も食べると疲れてしまった。

 西野は獅子唐に当たった城の目線を誤解して、飯島に色目使うなんぞコイツ度胸あるわと思った。飯島は飯島で、城が滅多に口にできぬ食事に感動して泣いているのだと考え、自分の小鉢を分けてやった。城は無言で会釈するばかりであった。

 西野は手元の大皿を回して中身を口に放り込んだ。「大友はなかなか骨のある男やったっちゅう話やな。戻ってきたらええのに」

「三国人のツテを頼ると木村に語っていたそうですが。韓国には行かなかったようで」城が云った。

「フィクサーときたら話通すんはうちから直接では無理や。備後の会長はんに口利きしてもろたと仮定して、間いくつか組通して――飯島。幾らくらいや」

 飯島は首を傾げた。「算盤弾かんとわかりませんけど、五指でおそらく」

「加藤がいつぞや仲介金に寄越した五百万とは桁が違うわな。一人にそこまでかけられへん。表向き破門しとる手前、今さら使うのも難しい。木村のほうは?」
「旧加藤組が動き出してます。山王会新会長の白山は花菱が手を下すものと思い込んでる節がございまして」

「白山。あいつはもうええわ。うん」西野の体は座椅子に沈んだ。「木村を助けたら、大友に恩売れるか。シロ」

「へぇ」城は名字の読み方を訂正するような野暮はしなかった。白山にかけてのジョークの可能性もあるからだ。しかし西野にしてみれば、城は新しい番犬、ペットのようなものだった。

「せやったらこうや……」西野は黙った。一声をかけてから入ってきた舎弟が片膝をつく。口から出た名前に、飯島と城は箸を置いた。

「よし」皿から黒い粒をまた一つ口にいれる。「入り」

 中田だった。飯島たちが立ち上がるのを制し、西野の横にさっさと自分の席を確保した。

 西野はいった。「自家用飛行機用意させたんやけど、お前さんは乗らんかったんか。伊丹から戻ったにしては遅いな」

「腹の打撲に障ったんで新幹線使いました」中田はいった。「何食べてはるんで?」

「舎弟全員の乳首」西野は笑った。「この間の会長がくだすった干し葡萄のな、残り。いるか」

 血圧だの血糖値だのと現実的な問題を抱えながら平和そのものの口調であった。首を横にする中田を眺め、西野はいった。

「なんか隠しとるやろ。目ぇ剥いとる時はそうや」
「腹すいてますんで。若頭の分食うてこいて会長が」
「皆して俺のこと、ただ痩せさせたいんか。まあええわ。食えや」

 盆ごと寄越すので断ろうとしたが、飯島と城も箸を止めたままなので中田は箸を取った。西野は行儀も構わず立てた膝に肘を置いて、中田の横顔を見つめた。

「なんですのん」
「疲れた顔やなぁ思っとる」
「兄貴も大概でっせ」
「じゃかましい」

 飯島に無言で促すと彼も食べ始めた。城は花菱重鎮三者揃い踏みに胃が痛くなり食べるのをやめた。残りの中年たちは、城の肉体美は日頃の摂生にあるに違いないと勝手に想像した。寡黙な人間は得をしている良い見本だった。

 西野は誰にともなく呟いた。

「もう一回関東行くことになるで。次は木村の葬式でな」
「――」
「その次の問題は誰が引き継ぐかや。進出人事まだ決めとらんねん。会長に一任された」
「本決まりっちゅうことですか」

 中田は動揺を見せなかった。西野はうん、と返事をしてから間を空け、唐突にいった。

「お前。俺と離れるの、怖い?」

 飯島は何も聞いてないような顔でアワビの中身を取り出し、自分は甘海老の尻尾など吸いつつ、城に皿をやった。手持ち無沙汰で所在をなくしていた城は、見透かされたのではと気を揉んだ。しかし飯島のほうでは、俺の脇肉やりたいなくらいの意図しかなかった。

「いずれどっかで死ぬかもしれんけど、病院では嫌なんや」

 中田は箸を止めた。「贅沢やわ」

「病院で死んだら、お前泣くやろ」西野は続けた。「アンアン泣いて、泣き張らした目で思いあまって指とか落とすやろ。それも二本」

「会長は長生きしはるから要らんいいますで」
「事務所で闇討ちにあったら、きっちり落とし前つけてくれるよな。暖簾兄弟の侠気として」
「カチコミぐらいやったら行きますよって。代紋入りのガラス端から撃って、モッソウ飯食わんで済む程度に舎弟のせいにして帰ります」
「今どき流行らん。発射罪で結局お縄や」

 中田はこれみよがしに溜め息を吐いた。

「――俺に何を言わせたいんや。兄貴」

 西野は微笑んだ。驚くほど優しい目をしていたが、それに気づいたのは飯島に酒瓶を傾けていた城だけだった。

 その後の会話はなかった。四人は静かに晩酌をとった。



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