【全員悪人】


21



 加藤が殺され、木村一派の元に片岡がやってきた。家宅捜索は思う以上の時間をかけて行われた。

 嶋と小野は、出所後の木村にとって大きな位置を占めていた。村瀬組で共に闘い、しのぎを削った戦友たちの息子である。

 極道の家督制度はあってないような存在だった。出世した者の殆どが子供には真っ当に生きてもらいたいと願うものであり、金さえあるなら安全な海外に住まわせる。国内であれば出来うる限りの教育をさせて、別の家庭の養子として違う人生を歩ませるケースもあった。

 嶋たちがそうできなかったのは、ひとえに村瀬組長の采配が原因である。手駒の数を自力で増やせるほどの人徳もなく、木村と自分の口を犠牲に、はした金を集めることに終始していたからだ。

 極道のお勤めなど、現代社会では笑い話にもならぬものである。賢い者は生涯一度もくらわない。下っ端にせいぜい二年ほどの懲役を任せるのみだ。

 大友も自分も、馬鹿であるが故に塀の向こうへ行った。大友と違って後ろ楯など持たない木村に、迎えなどないはずだった。


 ――あ。あの!
 ――俺。俺たち。村瀬組の。


 意気がった派手な服装の若い男が二人。根なし草を装っていても純粋さが透けて見えた。無視して通りすぎても捨てられた犬っころのようについてきた。

 情が湧く前に手離すべきだった。子供さえ満足に育てた経験のない自分に、世話をしてやれる訳がなかったのだ。


 ――親分。出所祝い。
 ――マトモになれって言うなら一日三十時間働きますから。俺たちを追い出さねぇって。約束して。


 シガリロ一箱。女みたいに誘惑してくる味。好みではなかったが、煙と共に口をついて出たのは断りの言葉ではなかった。

「一緒に、やり直すか」

 パッと顔を明るくして拳を握る。幾らも鍛えられていない細身の体を奮わせ、二人して木村のズボンの裾を握り、頭を靴に擦りつけた。逮捕された日の汚い私物である。


 俺に、膝なんてつくな。

 お前らみたいに上等な――先のある奴らが膝なんて折るな。


 けじめなどというものは疾うの昔に捨てていた。目的などない。生きている理由が欲しい。生き続けられる理由が欲しい。

 木村がライトを浴びる時間は過ぎていた。いつまでも誰かの端で、普段は省みられることもない場所が似合う人間だと思ってきた。中心にいくことを望んだら、何かが壊れる気がしていた。

 その判断は正しかったのだろう。大友を破門した上で花菱から組を持たせてもらった今、残ったのは虚しさだけだった。復讐を果たしたところで、護りたかった者たちを誰ひとり傍に置くことができなかったのだ。

 加藤を殺したのは大友だ――木村にはわかっていた。彼は常にライトを浴びているからだ。彼はおりない。彼はベットしない。山王会と花菱の賭けは続いているが、大友自身はいない。賭ける必要がない。

 事務所の壁に普段はあまり見かけぬ爬虫類が止まっていた。どこから紛れたのか。殺そうとする舎弟を遮る。彼らは城につけられた西野の部下だった。

「馬鹿をしちゃいけねぇ」
「へぇ」
「守宮は家を守るとも書くんだぜ。まだ出来たての組なんだからよ。俺にとっちゃ護り神かもしれねぇや」

 しかしよくよく見れば井守のほうにも似ている。学のない木村には区別がつかなかったが、その一瞬何か閃くものがあった。

「ああ」木村はようやく気がついた。「そういうことか」

 いくら見た目が似ていたところで、両者は明らかに質が違っていた。駅構内を飛んでいる黒い甲虫をかぶと虫と思う馬鹿はいるまい。大友の声が蘇る。

 花菱は甘くない。

「……そういうことか」

 餞別がわりの煙草を出した。二人の弟分の遺影前に置いた。息子などではない。可愛がって慣らした。手懐けて見捨てた。自分も同じだった。

 木村は待った。もうじきだ。無様に嘆くのはよそう。加藤と五分の手打ちとなり、ライトを浴びて立っている。性に合わぬことを選んだ結果である。

 木村は言われるがまま、銃を提出した。この先の失墜を受け入れる覚悟のついた男の前で、鬼の目の出番はなかった。



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