城の仕事は終盤に入っていた。塒を突き止める際には西野の舎弟を使い、そちらには極力犠牲を払わぬようにする。城の部下たちは怪我をしようが命を落とそうが効率を重視していた。三名ほど姿を消すはめになったが、想定内だと城は安堵した。
加藤の首を捕るためだけに、馬鹿馬鹿しいほどの犠牲を払っている自覚はあった。今の山王会なら放っておいても衰退はまのがれない。
「石原が来たら」木村は城を振り返った。「あんたたちには残りの舎弟を頼む。一人も生かしておくな」
総てを手早く済ませた。恐怖に引きつった石原の顔は滑稽で、城はあきれた。いかなる蚤の心臓とはいえ、男なら信念は持ち合わせているものだ。つまり彼は男ではない。
そろそろ報告の時期だろう。城は静かに元来た道を引き返した。達成感などない。書類に判子をつく仕事が向いていると思ったなら、公務員になっていたかもしれない。判をつく代わりに拳銃が手に合っていた。人と目を合わさずに済むから、この仕事はある意味楽なのだ。
野球の誘いを石原は受けた。作業は木村が率先した。隙をみて西野に電話をかける。連絡事項は短かった。しかし城は無口だと言われたことを思い出した。
「具合、悪いんですか。若頭」
向こう側では沈黙が流れた。城は判断を誤ったかと息を呑んだが、大丈夫やという声が返った。それきりだった。
一段落ついた仕事に、城は残党を片づけるべく部下に指示を出し、夜道で煙草を吸い始めた。
「あの、へちゃむくれ。どっか悪いのかい」
「――」
気配を感じなかったので、突然の声に拳銃を向けてしまった。撃たなくてよかったと胸を撫で下ろした城には気づかず、大友は傍らに来た。
「盗み聞きで命を落とす輩は多いですよ。気をつけて」
「うん。でもな、花菱にはもういられねぇから」
城は銃を握り直した。しかしまだ上からの命令はきていない。
「殺すのか。構わねぇよ。疲れてんだよ、俺」大友はどうでもいいように云った。「組織に居たときは、そりゃあ楽だったよ。感情殺して、やれと言われたことだけやって。なんのかんので護られてたからな。反発してから訳のわかんねぇことになっちまってよ。道連れにした若ぇの、いっぱいいるんだよ」
「――何が言いたい?」
「うん、だから。あのぽっちゃりも同じだなと思った。花菱の連中は俺と同じで糞だから、どのみち外部の人間の命なんざ使い捨てだろ。できればアンタに、見逃して欲しいんだ」
「まだオーダーはされてません」
「ファストフードみたいに殺人を請け負うなよ。麻痺してんぞ」
またあの笑いだ。城は大友の時おりあげる、ザラ半紙を丸めたような笑い声が苦手だった。
「木村はどうなるんだ。組、貰えんのか」
「――貰えますよ」
「そのあと、まとめて。か」大友は無感動に云った。「抜け道とか知らねぇか。城さん」
「――」
「関西花菱会が、一度入ったら抜けられないトンネルだということは理解してたつもりだ。無理なら無理で諦める」
「黙って、逃げることも出来たのに」
大友は下を向いて、小さくうなずいた。
「義理を無くしたら、俺もただのチンピラになっちまう。でもそんなことは今さらどうでもいいんだよ。木村のヤツが可哀想なだけだ」
大友は城の目をぼんやりと眺めていた。城は見返せなかった。一呼吸で殺すこともできたが、そうしなかった。月は出ていなかったが、木村のバッティングセンターは煌々とした明かりで夜を照らしていた。
最初の打ちっぱなしの音と叫び声を確認したら、二人同時にそちらを振り返った。石原が死ぬまでいるつもりはない。
「ひとつよ。頼まれてくれねぇか」
「――なんなりと」
城の返事が面白かったのだろう。大友はバカ野郎、と口癖を出した。関東式の挨拶は耳障りのいいものではなかった。しかし殺し屋の心は和らいだ。
頼みごとは承諾した。大友とはそれが最後だった。