【全員悪人】


11



 要は電柱を伝い降りてきた守宮を見つめていた。同化して灰色になっている。借りているマンションの火災報知器の中にも同じ生き物が巣を作っているらしかったが、色は緑だった。

 環境が変われば見かけも変化する。時代の流れで要の同級生には身を持ち崩した者も多くいたが、人相が違いすぎて誰も自分のことなど気づきはしないだろうという確信があった。

 鶏の解体現場である。現場を出たのは深夜だったが、朝焼けで鶏が鳴き始めていた。

「よせ! お、おお俺は喋った。加藤のことは話したじゃないか。何故こんなところに連れてくるんだッ」
「うるさいな」
「舌を切るなら鋏が」

 木村と大友はさも面倒くさいという口ぶりで溜め息を吐いた。要はチラリと例のヒットマン集団を見た。身内にも顔を見せない者たちだ。舟木を捕らえた時点で散り散りになり、城などは居なかった。

「ねぇ、あんた」木村が要に云った。「会長のところで見かけたが、どうして此処に居るんですか。俺たちのお目付け役で?」

 要は名を名乗った。まさか極道の端くれである自分が、ゆとり世代のヘタレっぷりを補佐の前で発揮したせいで、強制修行に出されているとは言えない。

「中田のアニキ。なんか言ってましたか」
「処分の手伝いをしろと」
「そうですか……いえ。兄弟の盃に甘えて急に話を持ち出したから、嫌われたんじゃないかってね。忘れてください」

 要は返答に迷った。年長者だが立場は役職に就いている自分のほうが上だ。しかし木村の指詰めを見た後では、やはり口を大きくするのは難しい。慣れなければならないのは、血を見ることだけではなかった。

「木村」要はいった。「補佐はあんたをとても買っている。こんなに早く舟木までたどり着いたのは、元若頭だったあんたの統率力の現れだと」

「へい」
「花菱には人を引っ張っていける人間が不足してんだ。もう何年も前から経験者を他所から募ってる。今度のことで手柄を上げれば、組を持たせて貰うのも夢じゃねぇよ」

 木村は要の言葉に、ふっと笑みを浮かべ、視線を背けた。「要さん。あんた俺の息子たちに似てらぁ」

「……息子?」
「へい。義理の息子みたいなもんですがね。二人ともあの野郎になぶり殺されたんだ」

 暴れる舟木に向かって顎をしゃくる。要はなんと言っていいかわからなかった。

「俺の処にさえいなかったら――俺が優しい言葉で諭してさえやれてたら、アイツらもまだ生きてたのに」

 大友はポケットに手を突っ込んだまま、少し離れた場所で木村の決断を待っていた。この復讐は木村が成し遂げるものだ。要は大友を見た。湿気を吸って煎餅となった万年床みたいな男である。木村と違い非道な人間には見えなかったが、舟木の運転手は電気ドリルで穴が開いていた。

 木村は全身を震わせながら、大友を振り返った。大友は云った。

「アンタの殺りたいようにやってやるよ」
「アイツら二人共マワされてたからな。兄貴の真珠入りで掘ってといやあ、やってくれんのかい」

「うん……」大友は溜め息のように続けた。「俺だってアンコになったことくらいあるよ。あれは惨めなもんだ。でも木村、お前と俺とじゃどっちも小せぇから、こんな木偶の坊どのみち相手にできねぇよ」

「真珠なんて入れてねぇ」
「俺も入れてねぇよ。痛いだろ。女も可哀想だ」
「――俺は糞なんです」
「道端で踏んづけたら厭になる程度にはそうかもな」
「縫いもの得意ですか。兄貴」

 二人のやり取りは静かだったが、舟木はその限りではなかった。木村は要に、此処では鶏以外の生き物はいないのかと訊いた。要は豚と牛がいることを伝えた。そこからは楽な仕事だった。血は最小限で済んだ。可哀想なのは牛だったが、要は中田の言葉を思い出した。

 欺瞞だ。要は菜食主義ではないのだから。

「牛の胃は四つもあるそうだ」針を運糸しながら大友は口ずさんだ。「餓死するまでには当分かかる。良かったな、舟木。殴られて死ぬよりはマシだよ」

 牛の肛門と口を縫い付けられ、舟木の身体はドラム缶の中に土瀝青で固定された。熱さでのショック死を避けるため、時間だけはとてつもなくかかった。

 要は吐かなかった。

 死んでいった顔も知らぬ若いチンピラのことだけを考え、嵌め板の間をチョロチョロと動く小さな生き物だけを見ていた。色は黄色かった。しかしあれは守宮ではなく井守だ。他のものとて色を変えたのではなく、もともと見間違えただけだったのかもしれない。

 雌牛の雄叫びが気の毒だった。見届ける要の目は冷えていた。



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