【全員悪人】


09



 舟木を捕らえたと連絡を受けた花菱の西野は、電話を切った。自室の窓辺で下を見る。「おい、飯島」

「はい」
「中田のところ行ってな、地回りに心斎橋のツテ頼らせ盆屋のカスリ取らせて来いて伝えろ。大きく銭動かさな石原は捕れんわ。無駄金使いたないんやけどな――」
「私が行っては駄目ですか」

 西野は顔を上げた。

「なんでや」
「朋友がおりますんで」

 舎弟の飯島はその昔、賭場で搏徒をやっていた男だった。肝が据わっているため出世して、今期の人事で若中の舎弟頭にまで昇格した。数年でのしあがった外様の飯島を面白くない人間も当然居るのだが、西野は重宝していた。

「側近が居らんようなったら俺が困る。清水は会長に寝取られてしもたし。可愛い男は皆そうや」

 西野のいう『可愛い』は一般的な基準とは違っている。頭半分以上も差のある中田でさえその範疇なのだ。そして中田は新しく連れている若いのを手懐けるのに忙しい。

 西野の言葉に飯島は動揺を見せなかったが、苛立ちの本質は理解していた。だから云った。

「夜の相手をお探しのようでしたら、そちらも手配できますが」

 西野は椅子に腰掛け、両指を組んでにんまりとした。「ええな。今夜おいで。可愛がったるさかい」

「――」
「吐いた唾は呑めんで」
「失礼しました。賭場に関してはお任せください」
「冗談や。本気で口説くんやったら何年も前にしとる。ええから早よ行け」
「はい」

 西野は椅子を回して手を振った。飯島は一礼して部屋を後にした。おちょくり甲斐のある男は飽きんでええわ、と西野は思った。





 伝言を訊いた中田はすぐに西野の元へ来た。西野は中田が口を開く前に椅子を勧めて云った。

「どうも様子がおかしい。石原の事務所が襲撃に合ったようや。うちのせいになっとるが、おまえさん知らんよな」
「こっちでも似たような情報を耳にしとるんで、呼んでもらえて手間が省けました」

 西野は整理をつけるため、しばらく黙った。中田はひじ掛けにゆったり身を寄せながら、西野の出方を待っている。規則正しい息遣いが両者の間を漂った。

「木村の指取ったとき要っちゅうヤツ真っ青やったが、大丈夫かいな」

「荒療治でっけど、鶏の解体現場に送りました」中田は苦笑した。「血が苦手なことを除けば使えるんで」

 解体するのはもちろん鶏ではないのだが、指程度で吐き気を催すようでは極道には向いていない。西野はあきれた。

「アイツいくつや。二十は越えとるんやろ」
「拳闘の全国大会まで行きよりました。相手に早めに目を殴らせて、血を見んようにしてたようで」
「孫くらいの男まで射程範囲に入れとるなんて、罪なやっちゃ、中田」
「娘おるくせによう云いますわ」

 西野の隠し子は要と同じくらいの歳だった。実の父親が関西屈指の極道を率いる若頭であることも、両刀使いの節操なしであることも知らない。韓国で暮らしている。

「片岡が怪しいゆうとったな」西野は話を変えた。「マル暴があの男を泳がせとるのにも訳がありそうや。山王会の加藤と親しいサツの関係者を他にも洗い出せ。花菱と山王会を直接ぶつけて、潰したい人間がおるんやろうが――こっちが利用させてもらうで」

 中田は額に皺を寄せた。「木村や大友に念達しますか」

「余計なことはせんでええ。相手の思うツボや。中田、俺はしばらく留守にするんでな。会長のこと宜しく頼むで」
「若頭が動いたら目立ってしゃあない。何を計画しとるんか知らんけど、そっちは俺がやります」

 西野は呻いた。「下のモンに任せられへんこっちゃ。血圧が高なっとるねん。正常値に戻さな」

 一家あげての出入りと血圧が同列に語られる日常のなかで、明日をも知れぬ命の有り難みを二人は感じた。老人への足音は刻一刻と近づいている。

「罵詈雑言浴びせた日は調子良かったんやけどな」
「いま兄貴に抜けられたら俺が困るわ。加藤から連絡来たらどうするんでっか。落ち着くまでこれでも飲んどってください」

 中田は懐からそぐわぬ物を取り出した。

「――健康食品?」
「見たらわかりますやろ」
「毒でも入っとるんちゃうか。おまえさんの舎弟には嫌われとるで、俺」
「自分で買うてきたんで、その心配はあらへん。一日二粒からですんで、舎弟の顔にでも書いて忘れんと飲んでください」

 若手の躾に喩え話として使った量販店の大惨事を思いだし、中田は溜め息を吐いた。

 西野は中田のネクタイを見た。指詰めのご褒美にと西野が卸したバイオレットカラーである。

「買うて来たって、その格好でか?」
「帽子とツナギで。俺も普通の服着とったら左官屋にしか見えんので」
「恐い左官屋やな」
「引退したら転職しますわ。事務所の壁紙、花柄にしよと思てますねん。血ィベッタリやし」

 中田は云った。西野は報告を受けていたので、頷いた。若衆の一人に密告者がおり、手早く処分したらしい。

「好きにしたらええけど、どうせやったら黒ペンキ使たら? 塗り替え楽やで」

 中田は肩を竦めた。いっそのこと全面を赤くしてしまってもいいのだが、そうすることで舎弟の血の気が増えては面倒が増えるだけである。

 西野は瓶を手にした。口元を一瞬綻ばせる。「マル暴のほうやけど」

「あんじょうしまっせ」
「――任したで」



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