【全員悪人】


08



 関東山王会では若頭の石原が吼えていた。元親分の大友が出所してからずっとこの調子である。裏切り者である自分を狙いにくるのは間違いない。早目に手を打たねば命がない焦りがあった。

「ワンクリック詐欺とかせっこい商売してんじゃねぇぞ、てめェら本当にヤクザかよ」石原は叫んだ。「シマを巡回して上納金取り立てるくらいしか脳のない古参の馬鹿共にも伝えとけ。世の中カネがありゃ大抵のことは回るけどよ。時間かけて小銭拾ってちゃ何の意味もねェんだよ。そうやってお前ら皆トシだけ食ってきたんだ。救いようのないチンケなクズだな。学習しろよ!」

 へい、と応えたのは年配幹部の白山と五味を含めた数名である。事務所の壁に整列させ、頭を順番に家計簿ファイルで叩いた。ハイテク頼りの石原だが、金勘定だけはアナログである。家計簿の内側にはこっそり盗み撮りした加藤会長の寝顔写真を貼り付けていたため、そのことを思い出した石原は途中で手を止め、最後のヤツだけ股間を蹴った。

 くずおれる舎弟には構わず先を続ける。

「だいたい『ミホはネ、83、56、83ダヨー』ってガリ過ぎんだろ。判でついたように同じ文章同じプロフ同じ手口にクソの足しにもならん不細工の写真使いやがって。ヌードスタジオいきゃイイ女の写真なんていくらでも撮れるんだから、顔くらい修正入れとけっつの」

「――若頭。どうして俺らがワンクリック詐欺をしてるということをご存知なんですか?」五味が云った。

「あ?」石原の表情はそこでかたまった。

「その写真は俺のバシタです。シケバリつけてハイ出しかけた後に木っ端食らわす気だったんで」

 石原は舌打ちをした。「極道用語わっかんねェッつってんだろ。おい、通訳!」

「写真がヤツの女房で、出会い系で釣れた奴を見張りをつけつつ恐喝や強請にかけてコテンパンにのす、と云っています」
「それ幾ら儲かるんだ?」
「一人数万から数十万ですね。うまく騙せても三百が限界ですよ。不景気だし」

 石原は家計簿を抱きかかえ、頭を激しく振った。

「あああああああ! どいつもこいつも不景気だ不景気だってうるせェな! 戦後の糞みたいな時代に十人ガキ産んで亭主が飲んだくれでも体売って金稼いで子供大学に行かせるババアも昔はいたんだぜ? おまえら男だろうがよ。ちったァ根性見せろよ。頭使えねェならオンナ使わずに自分の体張れよッ」

「――と、云いますと」幹部は顔を見合わせた。

 石原は机に腰掛け、腕を組んだ。「おい、白山。五味。スーツ脱いで尻の穴むけてコッチ並べや」

「えっ」
「そのあと隣のヤツとチンコ擦り合わせて、ヨダレ垂らすまで揉みしだけよ。おい、岡村。デジカメ取ってこい」
「へい」

 やっぱりコイツら、ホモなのかよ、と白山と五味は顔を見合わせたが、義兄弟が本当の兄弟になる妄想に吐き気をもよおし、お互い背を向けた。

「どどど、どうしてそんなことを我々が!」五味は頑張って反抗したが、限界まで見開かれた石原の目にメンチを切られて黙りこくった。

「オンナだけ求めてるヤツばっかだと思ってんのか。アア? だからてめぇら馬鹿だっつってんだよ。少子化の理由は甲斐性なしのフニャチンどもが増えたせいもあるけどな。要するにマンコが余ってんだよ。男の精力は十五が最高だが、女は三十五から閉経までだ。腐った羊水をもて余して貯金だけは有り余ってる暇人の女を引っかけるほうが効率がいいだろうが!」
「それならやっていますよ。最近はネット上じゃ、女専用のエロサイトも溢れかえっていますし……!」

「女に女の写真送ってどうすんだ。ん?」石原は鼻息荒く、首筋を真っ赤に染めて云った。「おまぇらが一番見てぇのは女同士の絡み。ひっくり返せば女が見てぇのは男同士だろうが。それもホストみたいなド派手なヤツとか、女みてぇな線の細いヤツじゃなくて、絶対脱がねぇような極道が脱ぐんだぜ。売れねぇわけねぇだろ! クリックしちゃうだろ!」

 石原は口の端から泡を吹く勢いで、こめかみに青筋を立ててハァハァと喘いだ。

「わかったら早く脱げよ」
「それ。若頭が見たいだけなんじゃ――」

 度重なる暴行に強姦まがいの押し倒しが加わった。側近たちが参戦すると、ヤメッ、ヤダッ、イヤッと厳つい中年男たちから悲鳴が漏れる。半裸の白山の腹に跨がった石原は、色つき眼鏡をはずしてニヤリと笑った。

「勃起しねぇようならシャブでもヒロポンでも打ってやるから、頑張って穴掘られる努力しろよな」



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