【全員悪人】


07



 アスファルトの向こうから埠頭に向けてやってくる二台の車に、城は頭を下げた。西野や中田の顔の割れていない舎弟と、自分の直属の手下が揃って礼をする。

 木村が先導し、大友がその二歩後ろを歩いてきた。しかし城にはどちらが格上かすぐにわかった。触っては火傷をしかねない男だ。

「あんたらが――」

「小間使いを仰せつかっています。城です」城は木村を遮った。「残りの者には名前がありません。適当に呼んでください」

 若頭の子分たちはその限りでなかったが、不満をもらすような真似はしなかった。そして城には彼らを使う気はなかった。西野の云うようにこちらに被害を出さずして計画を全て実行に移すのは、ほぼ不可能だからだ。

「俺が木村だ」木村は顔にはっきり名前が書いてるも同然だった。城はその顔を見て、更に木村の包帯を巻いた指に視線を落とした。

「ああ、これはちょっとな」木村は苦笑した。「花菱の盃と引き換えにするには、安すぎる落とし前だった」

 城は車で訊いた西野の呟きを思い出し、木村が気の毒になった。指一本が余興に使われたことを理解しているのかいないのか、木村は大友を振り返った。

「こちらが大友の兄貴だ。あんたらへの指示は俺が出すが、総長はこの人だ。そのつもりで頼む」
「総長なんてガラじゃねぇよ、俺は」

 大友は独特の掠れ声でつぶやいた。城は大友を見た。標的と目を合わすと殺しに支障が出るため、顔の数歩後ろくらいを眺める。西野辺りがいずれこの二人もついでに処分しろと云ってくるのは明白だったからだ。

「あんた――人殺しの顔には見えないや」大友は城に向かって云った。「俳優みたいなツラしてんな」

「どうも」城は若頭に鉄仮面とまで揶揄されたことのある顔を珍しく歪めた。

 大友はあれ、若いの機嫌損ねちまったかな、と首筋を掻いたが、これも誤解だった。城は照れていた。そのことが相手に伝わった試しはないのだが、己はわかりやすい人間だと本気で思っていた。そのためぶっきらぼうを装った。

「車を乗り換えたほうがいいでしょう。大友さんは、私と」
「わかった。兄貴、またあとで」

 木村はなんの警戒もなく車に乗り込んだ。城は持ち前の本能から、木村の発する死臭に気づいた。あまりに無防備すぎる。木村は半分死んでいるどころか、皮一枚でこの世に居残っているのだ。透けて見えるのは一つの執念だけだった。それが済んだらすぐに殺せるだろう。城は以後、木村を視野に納めることは無くなった。

 大友はうん、と云ったきり立ちすくんでいた。まるで洗濯機に放り込んだまま半月ほど忘れられていた靴下みたいな男だ、と城は感じた。

「俺さ」車の後部座席に促され、素直に乗り込んで大友は云った。「厭なんだよな。こういうの」

「――どういう意味ですか」
「ン。人任せにして自分の足使わないで、安全な場所にいるのがだよ。なんか手伝えることあるか」

 城は驚愕したが、やはりこれも顔には出なかった。

「山王会若頭の石原は手に入り次第お渡しできますよ」

「そういうこと言ってんじゃねぇんだよ」大友は苦笑した。「アンタが優秀なのは俺にだってわかるよ。でもさ……」

 城は助手席からバックミラーで大友と目を合わせた。「舎弟のように使ってくださればそれでいいんです。そのように命じられてますから」

「ずんぐりむっくりのヤツか? チンピラのほう?」

 城は返答に困った。ハッキリ答えれば自ら貶したのと変わらない。二重の意味で否定と取れる言い回しを咄嗟に選択した。「チンピラというのが中田補佐のことなら――違います」

「わかってんじゃねぇかよ」大友はくすくすと笑った。「あんなの二人も傍についてたらそのうち寝首かかれるんじゃないかって、俺ならおっかなくて同じ屋根の下じゃ夜寝られねぇよ」

 一見相手を低く見ているようでいて、暗に認めているのだと城にはわかった。組織向きではないが組を持っている時はいい親分だったのだろう。

 大友は目を瞑った。

「石原のケツ掻いたら真っ先に連絡くれ。でもまずは――木村の弟分たちを殺した舟木って奴が先だ」



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