頭、胸、腹と、背を反らしながら挿入した。屹立の暮れ具合は手先で抑え、膝をつけば異物の侵入してくる感覚だけが支配する。「あ……っ、ぅ……――!」
「ゆっくりやで」
「だ、旦さん。突いて」
「まだ挿入っとらん」
息音づく束の間で擦った。善次郎はハァといった。「ぅ…ん――んんっ。旦さん、旦さん見えてへんのだすな?」
「見えてへんのだす」
「ほんま、に――」
善次郎は腰を揺らしながら、己を掴んだ。肛門を弛めるには他に思いつかない。
「善次郎」
「ぁっ……あァ、か」
「動いてええんか」
「ァかん。あか、……あきまへん! まだっ、ま――……まだや!」
川尻を流れる僅かな水流の道を辿る如く、とらえどころのない快楽と静かな興奮に身を任せ、善次郎の指は着物の衿を滑った。蕾が開いて綻ぶ具合に、和助も呻いた。ずずんと重い痺れが背筋を伝い、善次郎は前屈みになった。
「だ、旦さ……ん!」
「触って大丈夫か」
「ぇえ、ッ――ええ、から」
「摩羅が風邪引いたみたいやな。膨れてパンパンやで」
「んぁ……ッ、あ」
遠慮がちに差し出された右手を掴み、着衣が乱れるのも構わず胸を撫でさせる。廻っては返ってくる色事の水に躯を浸し、善次郎は狂おしく化けた。
「ッ……! ……ぁ!」
甲高く叫びたいところを堪え、揺らぐ火の元を見ながら躯を捻った。蟀谷に伝う汗を和助の唇が吸いとったため、上半身を伏せてしがみついていた筈が――主人が繋がったまま起きて、膝を抱えて体勢を入れ替えたのだと気づいた。
「だ……ぁ、さ!」
「綺麗や。あんさん」
「……ッ、み。見え」
「見えへんよ。ようはな」和助は声をひそめた。「見えへんほうが――感覚が増しますんや。欲しゅうて欲しゅうて、しゃぁないねんて、云うとるで。躯中使こて」
善次郎は和助の目にかかった布を歯で噛みほどいた。「来て」
髷に引っ掛かった其れごと高い位置から、和助の頭を抱き抱えて口づける。揺すられ擦られ、出挿入りされるだけの時間の中で、善次郎は何度も気をやった。声も出さずに嗄れた喉の皺を、唇が往き来すると足先がピンとなる。
接吻の合間に薄く開いた目蓋の裏で、単なる反応ではない奔流が全身を駆け抜けた。
「――……――!」
「……ッ」
放った精で腹を汚し終わって尚も鋭い刺激が収まらない。背中に爪を立ててしまったせいで、和助の着物は破けた。後は覚えていない。
ほんの一瞬微睡んだつもりが、目脂で開かぬ視界の向こうで、お天道さまの光が白み、手を伸ばした先には暖かい腕などあったので「ひゃっ」と叫ぶのに眉を寄せながらも抱き寄せて蒲団に引き込んだ。
「んぅ――……」
「こ、んの阿呆ぅ!」
ばちんと頬を叩かれて一瞬にして目覚める。躯を離した善次郎は血の気が引いた。
「お、お里はん?」
「飯出来ましたよ云いにきたけど、あんさんだけ抜きでええわね」お里は耳まで真っ赤になっていた。「誰と間違うたんか知らんけど、ええ歳して恥ずかし思いまへんのか。今からでもええ、早よ嫁さん探しなはれッ」
「旦さんは――」
寝起きで茫然とした番頭の口をついて出たのが主人の名前だったので、お里は首を傾げた。お里自身が昨夜は泣き疲れて和助の寝室で目覚め、慌てて身支度を整え当人を探したのだ。
「此処で寝さしてもろたんとちゃうの? 居らんかったけど」
「……大丈夫でっか」
「なんの噺。さ。とっとと起きんかったら、いつまでも銀二貫貯まりまへんで」
善次郎はお里が去ってから、顔を横様に何度か掌で擦り、額を拭ってはっとした。
昨夜の遊びの痕跡など、室内には何一つ残っていない。まさか淫夢でも見たのだろうかと眼をしばたたき、蒲団の匂いなどくんくんと嗅いで腕を組んでいると、主人が戻った。
「おはようさん」
「旦さん、昨夜は」
物言わず紙を差し出される。なんだすか、と傾いだ腕を支えられ、このだるさはやはり抱かれた後なのだと知ると、少し羞恥が戻って顔など見れなくなった。
「わ印」
「――は?」
「あんさんが云うてた行商人、京を経てから江戸に移るっちゅう噂訊いてな。直接噺つけて鼈甲の御飾りでも買うてみよかと早よ往ったんやけど、こっちのほうが面白かったさかい。売れ残りやし焼き捨てる云わはるから、一枚譲って貰た」
「旦さん。噂なったらどないしますねんな……」善次郎は受け取った画を見て唸った。
「こっちの男があんさんに少し似とる」
「摂津の猪でもこんな立派なもん付けとらへんわ」
「――首筋に白粉ついとるけど、どないしたん」
善次郎は首に手をやり、和助の眼をみて息をつめた。「誤解せんとってくださいよ。そんなんやあらへんねん。ただ」
「お里はあかん、云いましたよな。わて」
「旦さん……!」
泣き顔で腫れた眼を隠そうと珍しく叩いた化粧が、別室で痴話喧嘩を引き起こしているとは知らず――炊事場でお里は一ツくしゃみをした。
了