【寒天問屋】


04



 善次郎は和助にしがみつき、着物の裾をほどいた。和助はされるがままに畳の上で体を支えたが、帯を解かれるうちに倒れたお銚子が染みをつくろうとすれば、咄嗟の判断でそちらに手拭いを投げた。

「旦……さん……ッ! 旦さん、旦さん!」
「しぃ。せやから言うたんに、呑みすぎたらいかんで、って」

 善次郎は訊いていなかった。自身で着物を脱ぎ散らかすと、目当ての蒲団に倒れこんだ。

 もどかしい前戯の後では、望んだ存在がより大きく感じられた。善次郎は胎内に納めた和助自身を、堪らぬ想いと快感で貪った。

「……ッ! ――……!」
「なんか噛ませたろか」二の腕の柔らかい部分に口を当てこらえる姿を見て、和助はいった。「そないな涙目で見つめるのはよしておくれやす。加減できんようになるわ」

 腕をそっと脇へやり五本の指に指を絡められると、善次郎は主人の優しい愛撫に身を投げ出した。繋がりは浅かったが体の中をぞろりと駆ける逸物は、まるでよく走る馬の筋肉質な様によく似ていた。鼻息荒く熱を発してはいるが、堪えてその場に留まっていると謂わんばかりなのである。

「先に口吸いも存分にしとこ。まだ上も下も漏らしたらあかんで」
「あっ」

 両の乳首をつねられながら、長い接吻の合間に無言で見つめられると、旦さぁんと己の発した声とは思えぬものが耳をついた。年のせいで白くなりかけた光彩が綺麗で、和助の情欲に潤んだ眸を見るだけで、善次郎の屹立はぴりりと血管を浮き立たせた。

「……っはぁ。だ、旦さん、ええ……ええわ。口合わせとるだけで、なんや熱うて、堪らんようになる」
「そりゃ酒のせいやて。上手なっとるようやけど、松葉屋はんと浮気しとるんやないやろな」

 その頃になってやっと、善次郎は和助のあからさまな態度の訳を理解した。

「あんなんと交じおうたら、鬼瓦同士、表と裏とで般若みたいになりますわ」
「わても大概やで」
「旦さんは……わてにとったら、弁天さんも霞む美男子でっせ」

 和助は吹き出した。善次郎はむっとして如何に出会った当時の和助が、歌舞伎俳優に負けず劣らず二枚目であったか語ろうとしたが、和助のほうが早かった。

「そういうことにしときまひょか。惚れた弱みで、目が曇っとるんやから」
「トントンでっしゃろ。旦さんが時折わての寝顔見てほくそ笑んどるの、ちゃんと知ってまっせ。己は整っとるからとゆうて、最低や」

「惚れた男の寝顔見て何が悪いんや?」和助は蝋燭の心許ない灯りの中で、そっといった。

「わてはな、算盤握りしめて疲れきって文机に伏せてるあんさんの肩に、松吉が羽織りかけてやっとるだけでも気ィ狂いそうなんねん。無防備な顔してな、涎垂らして目脂つけてしとっても、あんさんには人を惹き付ける艶っぽい面があるんでな。無闇やたらにあっちでこっちで、色目つことったら、今朝みたいな噺が出てもしゃあおまへんで」

「――色目て。其れこそ言い掛かりや。松吉でも誰でも訊いてみたらええんだす。わてを天下の男前のように云わはるんは、旦さんだけだすって」
「なぁんも、わかっとらんのやな。体に言い聞かせたほうが早いわ」

 中途まで挿入されていたモノを抜き去り、半ば横抱きに持ち上げるようにして侵入経路を探る。ぴょこんと牛蛙のように跳ねた棒を直に握りしめ、軽く擦っただけで弾けかけた鬼頭を掌で抑えた。

「だ、旦さん……ッ、ァ……っ、抜かんといてや」
「堪え性がないんやな。普通の男は挿れたらそんな長ぅ持たんのやで」
「もっとや。もっと、直接的なんがええんや」
「誰ぞに見つかるんちゃうかと厭なんやろ。わてがあんさんの中で果てて死んだら、どないするつもりや」

「腹上死したら、そのまんま剥製にしますわ」善次郎は蒲団の端を掴んだ。「連れて歩いて、これ、わての旦那やから、抜きたないんやて町内で説明してまわります。したら松葉屋はんどころの騒ぎやのうて、皆わてのことなんぞ見向きもしぃひんようになるんやさかい――わて、晴れて旦さんだけのモンだっせ」

 和助は唸った。こういう言い回しがどれだけ周辺の男共女共の股間を溢れさせているのか、洪水の原因たる善次郎は全く気づいていないのだ。互いの青大将を擦り合わせ纏めて捏ねれば、気持ちよさげに腰を打ち付けてくる。身悶えしながら上半身を持ち上げるので、背中に差し入れた指で全身を摩り、唇は腰の辺りを中心に吸い跡をつけた。

「ひぃ……、ッく、……んぁ!」
「垂れとるで。着物も駄目にしたらいかんから、褌でも着けたらええんよ」
「あ、あ、あんなもん着けたら、商いなんぞ集中できまへん」
「今度はそれやな。一日中誘惑してわての得手吉のこと以外考えられへんようにしたげるさかい、やるときはきつく締めるんやで」

 善次郎は音を立てて唾を飲み込んだ。

「旦さんの摩羅、もう一度早よ挿れておくれやっしゃ」喘ぐようにして言い切った。「他のことなんぞ吹っ飛ぶんだす。誰ぞおっても旦さんしか見とらんねん、わては。旦さんで、いっぱいにして」



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