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2024/05/07 

 以前起こした不始末のカムイの巻物――あれの正体を持ち主であるカムイには告げて返そうとすると、たまたま鍛練室に一緒にいたベレトに「貸してくれ」といわれ、ベレトが使えないなら確定だな――と思っていたのだが。真っ暗闇の星の影を突っ切るように炎を起こし、なにやら白くてもふもふした怪物を彼はあみだした。ルフレとカムイは目を丸くして互いをみた。
「――竜族の巻物っていうのは本当みたいだ」とベレトはすました顔でうなずいた。「ルフレ。君はつまり」
「そう思ってくれていいよ。セネリオは知ってるけど」
「セネリオさんも……なんとなく、そうじゃないかなと思ってはいたんですけど」顔を見合わせ、カムイはうつむいた。「ごめんなさい。私がこんなもの、お渡ししたばかりに」
「そんなに気にしないでくれ。今のところ影響ないみたいだし」思い出して顔をしかめる。「ああ、だからチキが一番影響を受けたのか……」
 マルスの背中でぐったりとしている彼女の姿が目に浮かぶ。紋章士である彼らも疲れは同等にあるが、よほどでない限り指輪に戻れなくなることはない。ちょうど一緒に料理をしていたエルとラファールに出会ったため、子守唄を歌って眠らせてもらったと聞いた。
 落ち込むルフレを励ますように、痩身の黒ずくめが闇夜に溶け込みながら静かに二人の元へともどる。
「竜族といってもさまざまだ。実際リュールはさほど苦しんでるようには見えなかった」
「でも、なぜベレトさんはさっきの可愛いのを出せたんですか?」ルフレの視線を受けてカムイは慌てた。「あ、ルフレさんの芋虫も見ごたえがありましたよ!」
「……」
「そ、そんなに落ち込まないでください。しばらくみんな退屈してたので、ほっこりした話題が欲しかったところですし」
「私は君の造り出す絵心がすごく好きだ。もっと描いてくれ、ルフレ」
「ふたりとも、ありがとう。わりと本気で落ち込んでいたんだ。セネリオの邪神像っぽいあれがとどめだった」盛大にため息を吐くと、二人に微笑む。「脅し作戦とか以前にデッサン力を鍛えることとするよ」
「詠唱しないであそこまでイメージで描けたら、ほとんど完成形みたいなものだと思うが――なぜこの術にこだわるんだ?」
 ルフレはカムイの手元にある巻物をみて、苦笑した。巻物は蒼い輝きを放って、翠の紐で縛られている。印章が端にくくりつけられており、中身は縦字の特殊な書簡であった。ルフレにもベレトにも、おそらくカムイにも呼唱することはできないそれを、セネリオだけは理解していたように思う。
「最近、セネリオと隣り合わせで闘うことが増えてね。彼の攻撃は時間がかかることもあるから、時間稼ぎの役に立ちたかったんだ。でもあそこまで本格的な詠唱が必要なら邪魔をするだけだね」
「まあ」
「それ、本人には?」
「――」頬をポリポリ横を向くと、普段はおとなしい彫像のようなベレトがずいっ、とルフレに近づいた。「言ってないよ。なんだい?」
「新たな術も大事だが、好感度を上げないとスカウトはできない」
「……え?」
「食事を一緒にするとか」
「いや、僕らは食事の必要ないだろ。まだ改良の余地はあるけど、味のしない砂みたいだし」
「一緒にお料理を作るとか?」カムイが同調した。
「そんなめんどくさいことやらせたら余計に好感度落ちないか……」
 ベレトが腕を組んだ。「落とし物を拾ってあげるのは最終手段だな。足が棒になる」
 紋章士なのに? といいさすルフレを遮って、カムイは小首を傾げた。「ベレトさんって、意外と地道な方なんですね。私なら逃げられないようにして体中を撫でまわす……とか?」
「君たち、僕で遊びすぎじゃないかい」ルフレはため息で応えた。「さすがに傷つくよ」
 口ではそうはいったが、カムイの積極的なスキンシップはどこからどう聞いてもセクハラだ。そんな都合のよいシステムあってたまるか、といいかけて考える。
「指輪や腕輪を磨かれて悶絶するの、あれ中枢神経的におかしいよな……」
「私はそこまでじゃない」鉄壁がこたえた。立派な不感症である。
「セネリオさんが磨かれてるの、聞いたことありますよ」うふふ、と可愛らしく笑う。「とっっっても、可愛らしかったです!」
「ありがとう。今夜はよく眠れそうだ」誰が磨いてたんだ、と聞きそうになって気持ちを抑えた。「巻物の詠唱、知りたければセネリオに聞くといいよ。断る理由はないっていってたから、教えてくれると思う」
 素直じゃないけどね――と下を向いて目を伏せると、少しずつ穏やかな気持ちになって、つい先日のことで頬が弛んだ。今度は二人が顔を見合わせ、「もうここはハートMAXまで振りきれてる気がします」「なんだつまらないな。次に行こう」と扉から出ていってしまった。



 氷の大地を這い回る遠征についていくことにしたのは、聞きたいことがあったからだ。互いの身にある印章の謎について、話すきっかけを探していた。巻物はカムイにそのまま返してしまったが、あれでよかったのだろうか。
 しかし雪道を少し離れた場所から飛んでいくセネリオは頑として口を利かないし、クロムは落ち着かない様子で何度も後ろを振り返るし、セアダスの腕輪に収まっている自分は小さくなっているほかない。ルフレは嵐が去るのを待った。
「恐縮ですわ。セアダスさん」エーティエは革のコートから覗く手元の地図を見ながらいった。セネリオの今日の主人は彼女だ。遠隔を主とする矢と範囲攻撃を繰り出す姿に信頼感が見えて、相性は悪くない組み合わせであった。「潜伏しているうちに雪が降り積もってしまい、完全に迷ってしまいましたの。迂闊でしたわ」
「いいんだ。占いである程度予測できたことだから」セアダスもふかふかしたアルパカのフードを頭からかぶり、不機嫌そうだった。アルパカの毛はアンバーが故郷から持ち帰り、ヴァンドレがそれを編み込み、ゼルコバがデザインを担当しているらしい。
 クロムは咳払いした。「セネリオ」
「なんですか。昨日の後始末についてなら後にしてください。あなただって半狂乱になってるシグルドはもう見たくないでしょう。ルールは帰ってから神竜と決めます」
 何があったんだ、とテレパシーのようなものでクロムに尋ねるが、聞かないでくれと本人は落ち込んでいる。帰ってからマルスにでも尋ねるよと言えば焦った声音で「それはやめろ。人には知られたくない一面というものがだな!」とわけのわからない答えが返ってきた。ひとり言を聞き取ってセネリオがクロムをにらみつける。ルフレの立場を察したエーティエがこっそり「お料理ですわ。公子のシグルド様と王子のクロム様では、見よう見まねで浮かせた皿や魔力によって生み出された火の後始末もできませんでしたの」と教えてくれた。
「――ようするに、俺とは話したくないってことかな」
「そうとってもらって構いません」
 こっちはこっちで態度がお互い露骨に冷たい。クロムが交替してくれ、と精神波を送ってくるが、受信できない風を装った。この空気の中で仲裁に入るのは得策ではない。
 峠越えまであと少しのところで、一行は山を登っていた。
「君は目に見えないものは信じないし、手に取れないものは認識さえ避けているじゃないか」セアダスは昨日までセネリオのあった手首を無意識に擦った。いまそこにあるのはルフレだったので、変な声を出しそうになる。セネリオの視線が痛い。「話にならないんだよ。俺は踊りで周囲を鼓舞する役割だ。異形兵の攻撃範囲に入られたら、どう頑張ってもあそこが限界だ」
「それを決めるのはあなたではありません。一歩先に進んでもオルテンシアを護るべきだった。能力値が低すぎて、今のままでは足手まといです。踊り子職はしばらく封印するか、僕が離れるかで話はついたでしょう」
「ここで出会うなんて運命がそうさせているんだ。聞かないわけにはいかないじゃないか」
「僕は運命なんてあやふやなものは信じません。それにすがったが最後、倒れる死体は僕とあなただけでは済まない――」
「いい加減にしろ。ふたりとも」クロムが間に割ってはいる。「腕輪をはずすんだ。俺とルフレはエーティエのペアに戻してもらう! いいなルフレ」と遮って、エーティエを振り返った。「本当にすまない。こんなことになってるとは知らず、気軽に交換を引き受けてしまった」
「構いませんわ。それより」エーティエは雪の崖を見上げ、セアダスに笑いかけた。「ちょうどいいんじゃありませんこと。わたくし、この崖を走って登りきるセアダスさんを見てみたいですわ」
「――」セアダスが心底嫌そうにエーティエをみた。「雪崖道を走って登る……? そんなことしたら、下手をすると二度と踊りができない怪我を負ってしまうよ!」
「あなたのそういうところですよ。僕が合わないなと判断つけたのは」吐き捨てたセネリオが口を一瞬つぐんだ。「待ってください、いま――」
「踊り子にとって足は命だ。オルテンシア王女のことは飛竜が守ってくれるだろうと、つい」
 遠くの音が。響きが。地面を鳴らす気配を見きって、クロムが上を向いた。「まずいぞ!」
 視界が白く吹き上がり、セネリオがエーティエの周りに結界を張るのが見えた。代わって、という一声でクロムの姿が消え、くるりと現れたルフレがセアダスに手を伸ばす。一瞬のことだった。
 小規模な雪崩が踊り子を山の横っ面に弾き出し、半分落ちかけた状態で埋まる。エーティエはかなり遠くに飛ばされていたが、セネリオに指示を出していた。「そちらにいけませんわ。セアダスさん、返事をしてください!」
 ルフレは魔道書を放り出し、気絶しているセアダスの体を魔力で引っ張り出そうとした。その肩にセネリオが手をかける。
「僕がやりましょう。エーティエをお願いします」
「わかった」
 昨日までのペアの感覚は抜けきるものではない。異形兵の襲撃は落ち着いていたので、山さえ登りきればと油断していた。急に攻撃の手が差し込まれることのないよう、周囲に目を凝らす。徐々に霧が晴れると、エーティエが驚くほどの速さで腰まで埋まる雪を自力で追い払い、ルフレの目前に迫った。
「何をしているんですの! わたくしは大丈夫だとセネリオさんに――」
「あなたは筋肉馬鹿だが、女性です」セアダスを魔力で引き上げたセネリオは振り返っていった。「彼は細身だが男だ。そして本当に愚かなことに、三日ほどものを食べてない」
「ええっ?」
「セアダスさんは寒天ダイエットに夢中なんですの。わたくし、彼が食べているのを見ましたわ」
 どうなんですの――と心配そうに見つめるエーティエに、セネリオがいった。「息をしてないですね。ルフレ、クロム。どちらかが閃進の体術を山向こうのリュールから貰ってくることは可能ですか」
「――!」
 ルフレ、俺が行こうとクロムが出てきた。しかしここからの距離では遠すぎる。
「は」エーティエが息をつめた。「そ、そんな……まだ辞世の句も詠んでいらっしゃらないのに?」
「大抵の人間が死ぬときは無言です」セネリオの口調の中に、苛立ちと焦りがほのかに見えた。「息をしてないといっただけで、エーティエ。あなたに体術の心得を備えれば、ひょっとしたら」
 息を吹き返すかも――といいかけたセネリオの体をすり抜けるように、エーティエはセアダスの体を引き寄せた。人工呼吸か? と思った一同が反射的に目を逸らすと同時、両頬をバチバチバチと叩く。
「セアダスさん! 死んでる場合ではありませんわ! あなたオルテンシア王女が足を捻ったこと、後悔して夜も眠れずご飯も喉を通らなかったのではありませんか」
「――う、」
「セネリオさんとも一度きちんと話しておきたいから、道に迷ったふりをしてくれと頼んできたではありませんの! パネトネさん風に言うなら、とっとと起きやがりください、この唐変木ですわ!」


 それで腕輪は元に戻すことにしたの? と薄暗くなったソラネルの釣り堀の前でセリカが聞いてくる。「ごめんなさい。ミスティラがどうしても寒さで動けなくって、あなたたちを発見するのが遅れてしまって」
「いや、仕方ないさ。飛竜で出動したのが少なすぎたんだと思う。それに君たちが回服薬を多めに持ってきてくれたおかげで、セアダスも無事だったんだし……」
「あれは無事と呼べるんでしょうか」セネリオは真向かいで釣りをしているディアマンドとスタルークを見ながらいった。二人の仲を案じた幼なじみが帰郷を申し出てくれたおかげで、その場にとどまることができている。「一時的な災難を逃れても、問題は続きます」
「――君らしいな」
「そうね。明日起きたら、セアダスと話してあげて。ああ見えて彼、しっかりしてるわよ」
「……ミスティラにもう一度」
「お礼を言っておくのね。わかってるわ。ああ、私にはいいのよ」セリカは唇に指を当てた。「紋章士がつくるお菓子。美味しかったわ。セネリオ、あれあなたのクッキーでしょう?」
「――」
「ハーブがね。食べやすい香りだったし、似たようなものをボネが再現してくれたから、セアダスの枕元に置いておいたわよ。それじゃ、私はお先に」
 流れるようにして離宮のほうに消えていった。ルフレは「いいな。そういう初めては普通、恋人にあげるものだ」と抗議すれば、「……誰がですか」と呟いて、長椅子に腰をおろした。
 和傘の下で揺らめくように、蒼い光が煌めいている。帰らないのが気を許している証拠だと笑いかけた。
「セネリオ。大丈夫だ」
「何が――」
「ずっと震えているから。帰ってきてから、ずっと」
 黒い手袋をそのままで手を握れば、真向かいからここまで丸見えであるため、さっと拳を胸にやる。
 楽しそうに釣りをしていた兄弟を振り返ると、日が落ちて暗くなった池の向こうで、バケツを片手に手を振るのが見えた。気を利かせてくれたのだろう。
「ディアマンドにはバレてるんだよね」
「……なにか意味深なことを言っていました。ゼルコバの監視も頭にいれておいた方がいい」
「まあいいさ。ほら」手のひらを差し出すと、セネリオが気持ち悪いものを見るような目をするので巻物の存在を思い出した。「カムイにも返したよ。ベレトが少し面白い妖を出して」
「この手を取ったら」セネリオが静かにいった。「僕の何かは変わるだろうか」
「――」
「この身を無くしても、まだそこにあると思っているんだ。僕は変われない。どこにあっても。そう思うんです」

 震えているから。と繰り返した肩に、重くのしかかる。身を寄せあって静かにしていると、指先だけ触れた。哀しい色の理由は聞きたくない。背中合わせに寄せあって、浮遊島が織り成す夜空の猛りをしばらく聴いていた。



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