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2024/05/04 

 貸してくれ、と手に取った機械を右に左に見て、爆発物はたいしたことがないが威力が強すぎると不審に思う。室内に異常がないか見てまわったエイが階段を上がってくるので、レックスの書簡を渡した。「書きかけも混ざっているがおそらく見て問題なさそうな感じだった。気まずい文章でもあったら後で僕が怒られるよ」
「それについては心配いらないよ」エイは書簡をパラパラとやった。「それより君はそっちを優先してくれ。片づける仕事が多そうだ」
 互いにやるべきことを理解している相手がいると、説明する時間を省けるので助かる部分もあった。ほんの少し遅れていればあと少しで首が飛んでいたかもしれないが、どのみち一度死んでる――とそこまで考えて頭を振る。
「なるほど。これはすごいね」エイは繊細な顎を指先で擦って、座っても? と言いながら返事も聞かずにシュルクの私室にある机の前に腰を降ろした。「ここまで記憶していたのか。ふうん」
「それだけじゃない。時系列に添って対象を整理している。無意識なんだろうか彼の洞察力は」
「レックスがどういう人間なのかを知るには、僕とマシューは出会うのが遅すぎた」エイは小さく笑った。「今では君が彼を家政婦のように使役しているものだとばかり」
「襲撃者のおおよその見立てはいくらだと思う」シュルクはあえて話を逸らした。「全体の数が不明だから細かな対処ができなくなっている。貨幣の問題が片づいたらコロニー9を経つつもりで事を運んできたが、もう少し様子を」
 君たちの子供が先に死ぬよ。となんの感情も見せないような綺麗な顔が言った。「コロニー全体が落ち着く日なんてのは来ないのさ。次に来る災害は人災だけじゃない。待っていたら機械と同じく停止するんだ。動力源がやられてるんだから」
「――」
「君の気持ちを理解したふりで騙せるとはもう考えていない。そんな顔をしないでくれ」
 顔を見合わせると、忘れようと努めた終わりの日が全てその場にあるように感じた。平和は短かったと今では思うが、置いてきた場所に手はなく、今ここにあるものを見つめる。助けを待っていた出会いは育てた子供と違う子だ。確かに違うのだが間違いなく我が子である。
「遺伝子の話をしたら、彼らは二人とも豆鉄砲をくらったみたいな顔をしていたよ。そういう意味ではマシューのほうがいくらか進んでいると当たりをつけたが、彼も娯楽としての書物の有り様をよくわかってなかったらしく――」
「だが君たちの書いた本は棚に揃えてあったぞ」素早く振り返ったシュルクの顔に、なんとも言い難い葛藤が薄ら見えてエイは資料を置いた。「そういう意味では男の子なんだ。故郷ではあまりああいうものに触れてこなかったようだ」
「マシューは立派に男の子だよ」何を言っているのか、自分でもよくわかってないらしかった。「僕は何度も疑問に思ってきているんだ。コロニーが形成されて、しばらくすると大量に人間も生成される。あの不規則な感じは、機械のそれとも人間の意思とも思えないんだが」
「ランダムに選ばれるようになると、そのあたり情緒的な感性は喪われていくからね。何事においても」
「――こうして建設しなおし議論を重ねた上でも、いまなお我々は」シュルクは言葉をきった。「はじめて見るはずの未来に、自ら飛び込んだ錯覚を起こしていると言いたいのかい」
「さあね。残念だが僕には君のほしい答えは弾き出せない」エイは長い髪をかきあげて椅子から立ち上がった。「自分で考える自由だけが肉を伴った君たちに与えられている試練だし、望んでも得られない戯れが僕を支配しているんだ」
「カギロイに楽器を教える時間もかい」
「僕の話を聞いてないだろう」
「――理解したいと思ってきたさ。君がどちらの側なのか、レックスが反発するたびにいうことを遮ったりね。ただどうしても知りたいと思うのが僕の弱さだ」
 室内の静寂を逃がそうとするように、窓辺に近づくエイの腕をとる。顔は反対側のまま「まだ駄目だ。レックスが帰るまで――」というシュルクの髪がぐいっと引っ張られ、もつれ込んでベッドに倒れた。
「……ッ!」
「まあ知りたいというなら、損はさせないよ」エイは手首のボタンスーツをカチッと噛んで、肘まで引きずりおろした。「仕方ないな。マシューにもしたことがないから、保証はできな」
「まてまて待ってくれ!」
「――何か誤解をしているようだが、ちょっと痛い思いをさせるかもしれない」許しておくれと近づく顔に、かかる髪の簾の向こうで真っ青になっているのも一瞬だった。目を開けていられないほどの衝撃で雪崩れ込んでくる記憶の奔流が、合わせた額を引き剥がしたとたんに消える。胸に置いた手も離れていった。「というわけだ。今回の問題は後を引き継ぐ者に任せる方がいいさ」
「――! なに、も」離れた肩を鷲掴むが、エイはおとなしく膝を折りシュルクの上に座っていた。「何もせず、黙ってみて。ろって?」
「次があるかわからない子供たちと、久しぶりにあったんだ。大元の資本や後継者の立ち上げは済んでるのだろう? ここを一緒に発つときがきたのだとは思えないかい」
 僕と一緒に来てくれ、と。終わったあと数年してもなおまだ消えぬ荒波の間で揉まれる人々の姿や、焼き抜ける次の恐怖と闘うすべを知らないでいた。何かが変わるかもしれないじゃないか、と。ときには日付さえはっきりとしているそれを、誰か呼び止めて聞いてくれとしたことがないから、簡単に言えるのだと。
「いまさら狂人扱いを受けたところで、もうそんなに力は残っちゃいない」どちらの痛みかわからぬほどに涙が止まらなかったが、幸い切りっぱなしの長い髪が全てを覆い隠した。「アルヴィース。君はどうして、いつもギリギリになって、僕の前に現れるんだ」
「……知らなかったな。そんなに僕のことを思ってくれているのか」
「だって君、還ってくる気がないだろう!」
「ああ。はっきり聞かれたら答えようと思っていたが、実は提案が――」
 今度は逆に押し倒されて、肩口で泣き出す大きな子供にエイは戸惑った。そういえばレックスも雨で夜営した日は翌朝ボロボロの真っ赤な鼻で、対照的にシュルクは晴れやかだったなと思う。肩をポンポンと叩くと、思いのほか強い力で抱きすくめられる。「君がその気ならいいよ」と耳元に囁けば真っ赤になって体ごと後ずさってくれたので、エイは少し寂しい面持ちで告げた。
「なんだい。違うのかい」
 腕で顔を隠そうとするので、片膝をたてて座り込んだ。
「次は視たと思った未来の端から忘れていくことさ。時は待ってくれないからね」
「……君は卑怯だ」
 警備はつけてあるが子供たちが心配だな、とエイは立ち上がった。「シュルク。貨幣のことは僕に任せてくれないか。それぞれ協力してここを発つときを決めよう。僕だって終わりのためだけに立ち上がったりはしない。そういう存在を『彼』が引き受けてくれたから、この姿でいられるわけだしね」
「君は楽しんでるようだが。僕は戸惑いのほうが大きい――」
 階下の物音に立ち上がったりかけたシュルクの胸をつく。「寝たふりでもしておきなさい。レックスと違って、君はそういった顔を彼には見せたくないだろう」
「……」
 すらりと立ち上がり扉を開けて、振り返りもせずしなやかな体が去っていくのを、そっと見つめた。





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