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2024/05/02 

「マルス……どうして泣いているのですか」
リュールの肩にかかった頭が、微かに揺れた。
「おかしな話だろう。僕らは千年も一緒にいたんだ。君は起きているっていうのに、君にだけ声が届かない。君の傍で千年も……前の千年は互いに眠っているようだった。ラファールの気持ちがよく理解できたよ」

 その姉弟も今はリュールの傍らにもういない。長い月日を経て邪竜としての責を人間側に問われ、ヴェイルの安全を第一にしようと四人で決めた。平穏を妨げたくないからと二人は去ることを決め、ヴェイルは自分だけリュールの傍に残れることがつらくて悲しんだ。兄弟は別れの時を迎えた。
 リュールは彼らが姉弟の絆を越えて愛しあっていることを知っていたので、彼らが去る前にふたりの式をあげた。さらに百年が経ち、エルの寿命が尽きると一年を待たずしてラファールも去った。
 マルス自身も矛盾した言葉に残りの声を飲んだ。見たこともないほど青ざめ、震えているかつての紋章士の姿はか弱く見えた。リュールは恐る恐る手を伸ばし、その肩を抱いた。触ることのできなかった実態のない彼らと違い、肉体が質量を持って存在を伝えてくる。

 あたたかい……リュールはそんな当たり前のことに嬉しくなり、その背中に両手を回した。マルスは抵抗しなかったが、顔を背けたまま俯いている。リュールはその顔を覗きこみ、静かにささやいた。
「マルス。一緒になりませんか」
「……え?」
「ああ」リュールは思わず頬をほころばせた。「やっとこっちを向いてくれましたね」
 口を開きかけたマルスの目を見つめたまま、リュールは彼の前髪をすいた。横になるときに痛まないように、王冠をそっとはずしてやる。自分とさして変わらないはずの青年は、そうすると普段より幼く見えた。指輪から現れるより暗い色をした瞳が、彼本来の輝きなのだと気づく。リュールは続けた。
「ね、一緒に」
「……こまったな」
「駄目ですか?」
 半透明な状態で浮いてた人物と同じとは思えない。リュールは距離のつめかたがわからないまま、マルスの背中に再度手をかけた。「だって、ずっと居てくれるって。貴方は約束したんですよ。そして戻ってきた」
「……前と同じのままではないよ。そのことをよく思わない者も出てくるだろう」
 マルスの片腕がリュールの腰を強く引き寄せた。リュールは早鐘を打つ鼓動に焦りを覚え、肩口にしがみついたまま言った。
「貴方がいない間、私がどう過ごしていたか……マルス。もういなくならないと約束してください。どうしても、会いたかった。すべてを捨てても、また、共に」
「……っ。君は、意味がわかっているのか」
 背中に回した手首を取られる。強い力で拒絶されることを覚悟したが、そのまま絡みつくように両手は奪われ、指先に口づけられた。「あっ……うあ!」
「今度は待たないよ」
 親指の付け根にかぶりつかれ、制止をしようと振り払った片腕を逆手に取られる。反射的にねじった下半身の間に足を押し込まれ、抗議しようと開いた口はやすやすと封じられた。
 衣擦れの音と共に、互いの熱が高まってくる。リュールは息をつぐためにマルスの肩口を乱暴に叩いた。「……! ゆっ、くり」 
「いやだ。君がほしい」
 ぞく、と直接的な言い分に背筋を這い上がる。リュールは手の甲で顔を隠した。マルスは静かに続けた。「直に君が触りたい。前のようではいやなんだ」
「マルス……ですが」
「触りたい。それだけが君と離れた僕の本物の願いだった。本当は君を、誰にも渡したくなかった」
 リュールはシグルドの言葉を思い出していた。『君はマルスの本心を聞いたかい?』と。彼が隠している本音の奥底を、さらけ出される覚悟はあるのか、と。
「僕は、君を……」マルスの目は濡れていた。「君の体に残った記憶が、僕を求めているだけなのかもしれない。もう、それでもいいんだ。君がほしい」
 違う、と否定することは容易かった。以前はそうしたのだ。そして肉体の力を借りずに抱かれた。しかしマルスの匂いが、空気を震わす声が、みずからあふれる熱気がそれを阻んだ。厚みを持った互いの堅さが、唇を合わせる度に深い部分で淡く擦れる。背中を逸らすと、服の間から指の腹が皮膚を撫でさすり、もっと大きな刺激を求めているなと自身に悟らせた。
 リュールはマルスと体を入れ換え、気づくと上になって腰を揺らしていた。「触って……ください」
 「まだ、だよ」自分より荒い息をしながら、マルスが余裕なく眉を潜めた。「準備もいるから……ああ、リュール!」
 服を脱がしながら、股間に顔を埋める。
「ね、先に。マルス……今日できることから」
 そこからはなし崩しだった。裸になると互いが戦場でどれだけの血を浴びてきたのか、盾の重みを受けとめるにはどれだけの筋肉が必要なのか、よく理解できる時間があった。マルスが太股を舐めあげるたびに、リュールは甲高い声をあげるのが辛くてたまらなかった。「君は、案外」「マルス、いじめないでください」「ああ、リュール。我慢しなくていい。一度出して」「んん……貴方も……」「君の、後で」そして事は必ずそうなった。
 熱い飛沫を体内で受け止めたいとわがままを言えば、叱られつつもその湿りは腹で受け止めた。もどかしい時が流れ、無言のまま脚でそれを成した。気持ちいい。それは確かだったが、これでは駄目なこともわかっていた。
「まだ、足りない……」リュールが先に答えを出した。「マルス。このやり方では駄目です。まだ、したりない……ずっと、苦しい……」
「リュール」
「これでは、肉体がない状態と変わらない。私は、他の誰とも約束しなかった。貴方だけが欲しかったからです。誰も貴方の代わりにはならなかった。シグルドだけは知ってたんです。だから、マルス。お願いだから……」
「リュール。愛している」だから、と続けた。「だから、今夜はここまでにしよう。君を性欲の捌け口にはできない。体の負担を考えるべきだった。僕は、もう誰にも邪魔をさせない。紋章士としてではなく、一人の男として君を守っていきたい」
「……傍にいてくれますか?」
「約束しよう。今度こそ離れはしない。君が嫌だと言っても……」戯れのように額を合わせる。「ああ、でも。そうだな。本当は、その」
「私も、欲しかったですよ。マルスだけです」
「次は口論の前に、準備をしておこう。……何がマルスだけなのかな」
「なんだか疲れましたね」リュールはうとうととしはじめて、無意識に皮膚の温もりを求めた。「マルス、すみません。今夜は夢でないことを確認したいので……このまま……」
「ああ。でもリュール。君は寝過ごしやすいから誰か起こしにくるんじゃ……リュール?」
 合わせた肌に落ち着きを取り戻したのか、寝息が聞こえてくる。マルスは自身の収まりきらない欲求を処理すべく体を起こしかけたが、リュールの腕がしがみついてくるため諦めて横になった。
「裸はまずいよ……」マルスは時間をかけて、寝ぼけているリュールにシャツを着せた。傾きかけている股間をいたずらに含めば、リュールは一段と喘いだので最終的に互いを合わせて処理してしまう。己の名前を呼びながら果てる姿に、マルスはこれ以上ないくらい満足した。「ああ。君は……僕の人になったんだ」それは望んでも敵わないと諦めた夢のようなひとときだった。

 紋章士としての時間ではなく、国を背負う戦士としての一生でもない。そんな存在として、リュールの傍にいてやることができた。マルスは自分の魂を振り返ったうえで、それを捨て去る覚悟をつけた。あたたかな手のひらで、触れたい。触れることが敵わないと知っていた指が絡むと、もう先に待っているのが短い逢瀬の刹那的な時間であったとしても、その場に居られることが嬉しかった。



 必ず――。





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