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2024/05/01 

 橋の欄干の下で事におよび始めてから、幾時が過ぎたろうか。マシューは男とふたりきりになることを避けていたが、あの穏和で優しげな声が会議終わりに椅子を傾け、別人の如く妖艶な顔つきで「他に頼める人もいないんだ。よろしく頼むよ」と追いすがるように見上げてくると、喉から出かかっていた断りの言葉は出なくなった。
「まったく……わかっているだろうに、いけない子だね。君には断る権利がないと言っただろう」覆いかぶさられると体格差もさほどないと感じていた男の重みは体力と比例しており、絡みつくような長髪が雪崩れるように口に入ってくる。喉奥の痛みで咳き込んで上半身をもたげると、意外なほど慣れた手つきで上着を脱がされた。青臭いのは野外の中でも、ここが一番苔むしているからだ。
 抵抗は意味がないことを覚えていたため、マシューは唸り声を上げながら体を硬くした。面白そうに鼻を鳴らしながら、男が体を擦り合わせてくる。
「……ッ! やめろ!」
 言葉だけでも意志表示しておかないと、後で何を要求されるか知れたものではない。そう思って睨みつけたつもりが、ついばむように取られていた唇の先で男が「ん……?」と微笑んでくる。
 マシューは容姿が整っている人間をたくさん見てきたつもりだ。特に相棒として連れ添っている白磁のような美少女は、中性的でこそあれお人形のように綺麗な顔をしている。それと比べれば男は幾らか凡庸と言えなくもない顔立ちだった。しかし人を惹きける大きな目を細めると妙な魅力があり、ときどき酷く艶やかに笑うと周囲をはっとさせるほど視線を奪うことがある。
「やめてください。だろ。マシュー」なんとも人の悪い顔だった。
「いや……だ。もう、よせっ……あんた……これ以上は、冗談じゃ……!」
 一際高く上がった矯声が、自分の口から出たものだとは思えなかった。逃げようと反射的に動く腰を、縫いとめているのは男の義手だ。鈍く光った色艶が黒々としており、次の手口を思い出して自然と喉がなる。
「期待してるのかい。淫乱」股間を優しくなぶるように撫でていた手指が、布地を押し破りそうな山の頂点を集中して攻める。雁の形をなぞってきゅっと搾られると、溜め息が漏れた。「気持ちいいことは好きだと、前に言ってたじゃないか」
「お、俺。俺が、そんなこと言うわけ……ッ、ないだろうっ!?」
 蹴りをお見舞いする予定だった膝には力が入らず、既に半開きの状態でしどけなく芝生で股を開いている。いっそ始めに全てを脱がしてくれれば、事は簡単だった気もするのだ。大声で叫んで犯行を白日の下に晒せば、この男の屈強な相棒も黙ってはいまい。
「レックスの太い腕に扱かれたい、って」代わりに逆手で自分を握っている細手の指が、しなやかにリズムを刻んだ。「あの夜酔ってる君を闇雲に抱いたら、泣きながら懇願してきたじゃないか。誰と間違えてるのか不思議で仕方なかったけど、暗闇だったから仕方ないね。もっとも、たとえ暗くても僕とレックスじゃあ……」
「や、はなせ、もう……でるっ……」
 見間違えようないはずなんだけどな、と先っぽを鉄の塊が弾く。ぴゅっという白濁を皮切りに、我慢していた奔流は堰を切ろうとしていた。しかし男の生の手が、それを赦してくれない。
「くそッ……! シュ……シュルッ……」
 くぅっ、と甘い囁きが唇に塞がれる。どこで覚えたのか奥方とのそれなのか、口づけが異常に上手い。両の手で肩を叩くが、義手でないほうの腕を怪我させる心配があって、強く打ちつけられない。
 嘘だ。自分は男との会瀬を気に入っている。絡めとったり舌で遊んだりするわけでもない。綺麗な顔に似合った爽やかな吸いかたで、脳髄を焼いてくる。「ここは君が踏んづけている薬草を取る以外に誰も来ない場所だが、真上にいると声が反響するんでね。気をつけたほうがいい」
 次は噛みきってしまうよ、と指を咥えさせられれば、ぞくぞくと這い上がる悪寒と共に無意識にしゃぶっている。行為に慣れきった躰が先を望み、逆手の金属を使って己で刺激する。はやく、はやくと囁けば、締めつけた指が突然弛んで「逝け」と笑った。
「っ……そんな、自分勝手な、命令で!」
「いいよ。本当はどうしてほしい。しごかれながら顔にかけたい? 含んで飲もうか」
 君の望み通りするよ、と優しい。まただ、とマシューは目を離せなくなる。いつも通りの邪心のない破顔に逆らえなくなる。これはいつもの彼だ。マシューが好きなレックスの、信頼してやまない男の顔だ。
「――挿入たいの、挿入られたいの?」
 男は知ってて聞いているのだ。横向きに突き上げた自分の後孔に指を這わせ、冷たい液体をかける。慣れ親しんだ手順に指先を欲し、そのうちそれ以上のものを受け入れるのだと躰が上下して、マシューはわけがわからなくなる。荒い息だけがはしたなく周囲の風に乗っていき、待てとも言われてないはずなのにまてができた己の屹立を、なんの前触れもなく男の口が捉えた。
 「ッ……、くあっ」浮いた腰をがっしりと義手で持ち上げ、男はくすくすと笑った。「あっ、ああ……」流れる薄い色の髪を手で掴んでしまう。男は怒りもせずにマシュー自身を口で犯し始めた。断続的に達してしまったのは覚えているが、そこか先が定かでない。気づけばほぐされた躰を反転させられ、男の穿ちを股ぐらから覗いていた。
「……何してるんだい」
「いや、ちょっと、意識とばしてて……あのさ、シュルク」
「そうかい。挿入るよ」あきれた顔と声であっけなくはぜ散った躰を抱えあげられ、ひゃあと霰もなく声をあげかけた口に布を押し込まれる。
「んー! んー!」
「ッ、はぁ。世話が、焼けるなあ。きみ」後ろから抱きすくめられるが、体格差が変わらないこともあって視線がかなり高い位置まで戻ったのがわかる。「重い。毎朝レックスに稽古つけてもらってるんだって?」
「んんん、んんんん? んー!」
「……最初に君を抱いた日はムードもへったくそもなかったね。そのまま睦言の練習でもするがいいさ。僕が喜ぶようなのを無い頭で考えるんだね」
 膝の上で落とされるように幾度か突き上げられて、目の前が真っ白になる。自分の出したもので服が汚れていくはずなのだが、器用にも男がそれを自分の外套でカバーしてくれている。それまで全然喘ぎ声ひとつもらさなかったのに、自分のなかで大きく荒くなっていく男の吐く息の音だけが延々と響く。
「はずして、あげるけど。……レックスの名前ばかり呼ばないでくれよ」
「……!?」
 窒息しかけるほど奥に押し込まれていた布が口から出ていくと、涎と共に冷や汗を拭われた。始終、丁寧な秘め事が彼らしいなと思って、恐る恐る口を開く。
「えっと、お兄さん。妬いてます?」
「……ッ」
「ご、ごめん……ひぁ……くっ、んんっ、ああ! ちょ、ちょっとタンマ!」
「ふざけられるのも今のうちだ」ずるりと抜けていく異物を感じながら、マシューはしっかり四つん這いにされた。「鍛練、ねぇ! どんな鍛練を受けているか、『おじさん』に教えてくれないかッ」
「おじ、おじさんはさすがにちょっと……! いやレックスはおっさん呼ばわりも似合うけどさあ!」
「君ッ、レックスレックスって、そればっかり」
 すました見た目からは想像もつかないほど、執着や独占欲が強いほうなのかもしれないと背中にぐりぐりと押し当てられる頭に痛ででで! と喘ぎながら思う。だいたいなんで俺なんだ? もっと他に……彼自身が想いを傾けている自分の相棒だとか、それこそ彼自身が相棒と呼べるほうだとか。息子はさすがにまずいにしても、相棒の娘のほうとか手頃なんじゃないのか?
 ……己で考えて最低な想像に、ぴんっと全身が粟立った。
「や、くぅ……! くそっ、気持ちい」
「ええッ? ……とんだ誤算だよ……マシュー。痛いとこどこ?」
「萎えてんじゃねぇ!! ……ッ、だから! いやだ、ッつってんのに!」
「嫌でも、知らないよ」はあああ、と腹に廻された冷たく熱い両の手が、切ない声と共にマシューを優しく撫でた。何度も。なんども。「馬鹿だなあ。後ろを取って、いの一番に振りほどけばよかったのに。君の得物で殴られたら、僕やレックスでもそれきりだ」


 ――振りほどく気がないからだ。たえず鍛練して鍛えておきたい理由は。


 機械の腕だけ捕まえて強く握ると、鉄の塊のほうだけわずかに反応した。言葉が出かかる。胸が苦しい。顔は火がついたように熱い。いつからだろう? きっかけはなんだったのだろう。
 声が響くと聞いていたため抑えているが、激しく打ちつけられるうちに、甲高くなってしまう。律動に合わせるとはじめは痛みのほうが大きかった箇所に熱が集まり、余裕のない息づかいに顔を見たくなってマシューは脇の間から懇願した。シュル、シュルクと声が上擦る。聴こえていないみたいに静かに堪えている首筋に当たる額の熱が、終わりが近いと知らせている。
「まえ、前から!」
「ん……! ぐぅ」
「ちが、う! 抱き合わせで逝きてぇのッ、」
 とんでもないことをくちばしったな、と同時に奔流を受け止め熱くなる。ああ、くそっ。今日も見れなかった! と地面を悔しく叩くと、己も呆気なく果てた。二回は無理だ。自分はまだ半時はいけるが相手は二十年遅かった。
「……え?」
「忘れろ。一刻もはやく。でないと俺、」

次、絶対会わねぇから。マシューは顔を押さえていた手を離し、自分でも驚くほど低い声音で脅した。




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