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2014/07/01 




【6】


 席を外せと言いつけられた清水は、舎弟を連れて部屋を後にした。花菱の三者は上機嫌であり、若中の中でも一番若手の要という男は扉が閉まってすぐに息を吐き出した。

「指とぶの見たん。初めてやったか」清水は要に尋ねた。「私もな。久しぶりやったわ。先代は血を見るのがお好きやったから、こんなもんしょっちゅうやったけど――布施会長は意味のない殺傷は厭がるからな」

「笑てましたで」

「大友を逃がさんかったからや」清水は指で先を示した。「昨夜の具合ではトランク用意しとけという話やったのに。突破者のせいで風向きが変わったようや」

「へぇ」
「補佐は上二人の仰せがない限り殺らんけどな、若頭は頭に血が上ると止めても利かんところがあるさかい」
「それて、……!」
「うん。大友や木村の出方によってはシゴいてまうやろうから、処分の手筈は整えとけよ。とな」

 要は歩きながら体を揺すった。己は体つきも若頭より大きく、組の舎弟の大半がそうではあったのだが西野に刃向かうものは誰もいない。

 体格のいい補佐がついているからなのかと長年疑問だったのだが、若中に昇格してからは理解した。本当の鬼畜は中田ではない。野豚のような西野だ。

「自切りかけるような男は何をやらかすかわからん。病院から戻ってきたら会長をお守りするんや。万が一のことがあったら、若頭と補佐に殺られるのは、間違いなく私とお前やで」

 要は自分の掌を見た。中田に拳銃を渡した手が震えている。

 大友を通した奥座敷では、入れ替わり立ち替わり舎弟が見張りをしている。上客の扱いを受けている証拠に、部屋は玄関口から最も離れていた。しかしそれは勿論たてまえであり、手駒を逃がさないためである。

 清水は大窓の立ち並ぶ庭先の方向へ脚を向けた。会長から一服を赦されたのは後の幹部として期待されている要の様子を気にしているのだろう、とアタリをつけたからだ。

 関西花菱内部が腑抜けるようになったのは、血を流す抗争を殺人集団に任せ始めてからだった。清水は無論、西野や中田でさえ城以外の人間を知らない。拷問や強姦などの余計な証拠を現場に残すことなく、ロボットのように淡々と始末してくることが布施に気に入られ、花菱に迎えられた。

 若衆の直接的な犠牲は減った反面、肉と肉のぶつかり合いを知らずに上に持ち上げられてしまった若い人間の育成には現場の刺激が強すぎる。

 手駒の犠牲をいとわぬ山王会と違い合理主義の今の花菱で、清水の役割はこれを正すことだった。

「『石抱き』っちゅうの知っとるか」清水は返事を待たずに云った。「算盤責めとも云うんや。鞭打ちに屈しなかった人間に江戸時代行われとった拷問じゃ。三角の木材敷き詰めて上に正座させ、股の上に更に重石を――土佐では搾木ゆう大掛かりな道具使うとったらしいが」

 要は眉をひそめた。

「若頭と補佐はこれを菓子工場の分断機の上でやりおった。昔は語り草になっとったが、あまり耳にいい噺でもないわと先の会長がもみ消したんや。菓子会社脅して金せびるためにな。花菱はその金で所帯が大きくなったわけや――私もその場におった。苦痛が延びるようゆっくり重しのせて、標的も腰半分くらいまでは息しとった。何が怖いて口には菓子詰めて。紐で縛っとったさかい、自白したくても相手さんは喋れんかったんや」
「――う」

「大丈夫か。ほら、煙草や」窓を開け、素早く火をつけた煙草を半ば無理やりくわえさせた。「吐くんやったら此処で吐いてまえよ。会長の前で粗相をしたら、さすがに私も庇われへんで」

 要は顎を掴まれたまま一口吸って、膝をついた。庭に嘔吐する。その後ろ姿を見ながら、清水は腕を組んで残りを吸い始めた。懸命に気を逸らす。

「あの、木村ってヤツ。スゴイでんな」要は口を脱ぐって廊下に正座し、庭の鹿威しを凝視した。「あれが侠客や。ホンマもんの――極道や、思いましたわ」

「アホか。指落とすのに意味なんぞ無いわ」清水は鼻で笑った。「工場の納期守るために、シロモノ企業がどれだけの人間の指落としとる思うんじゃ。考えたらわかるやろ。今や堅気の人間のほうが鬼のような顔しとる」

 清水は吸い差しを要にやった。要が一口吸うと、立ち上がるよう促して、また吸い始めた。嘔吐の名残りで臭うはずだと要は慌てたが、清水は構わなかった。

「ついこの間や。量販店のババァが目の前でしゃがみこんでな。後ろにいた同僚に助けを求めるんやけど、綺麗に着飾った若いネェちゃんが『うちもレジ打っとるから変われへん』『お客さん待ってるで』なんつうてババァには構わへんのや」

 清水は黒光りしたスーツなど着ていなければ、公立の中学校で教鞭でも取っていたほうが似合うような初老の男だ。要は裏社会の授業を受けている錯覚に陥った。自分は中学も出ていないが、清水は師匠である。

「ババァはその場で糞漏らしおってな。床に滴り落ちた茶色い染みを量販店のロゴの入ったエプロンで拭くんやで。顔面蒼白でティッシュ抱えて、袋に詰めて。辺りに下痢便の物凄い臭いがするんやけど、『お客様こちらへ』云う女は笑うとる」

 刻まれた深い皺の中には数々の物語があるのだろう。その穏やかな顔からは想像もつかなかった。要は太股の上で拳を握った。

「ババァを助けることもせんと、私に謝ることもせんと、知らァん顔して釣り銭投げてくる若い女に、息巻いた舎弟が掴みかかるの押さえて、私は金払って逃げたわ。任侠の前にこれを覚えとけよ、要」

 清水はフィルターまで焦げた煙草の処理に迷ったが、要が真っ白なハンカチを広げ両手を向けると、微笑みを浮かべてそこに落とした。

「この商売は単なる人殺しや。でも人殺し以下の外道はその辺にゴロゴロしとるんやからな――鬼見たら目ぇ合わせたらイカンで」

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