管理人サイト総合まとめ

site data


2021/07/29 

1*

『黒白笑劇大合戦』関西花菱会主宰、総合演出ナカタ組……それは極道の夏休みに行われる、一大イベントの総称である。北から南までの芸事の猛者たちが集まり、熱い戦闘を繰り広げるのだ。正月は縄張り争いに忙しくてムンクの叫びの如く精神を病んだものたちが、一瞬だけ人間らしさを取り戻す哀しき男たちの愛の賛歌といった様相であった。

「今年は新刊もオンライン配信やったからな」ジョリーは何気なくかぶったウエスタンルックを完璧に着こなしていた。「この日が来るのを待ち望んでいたんや。『三密、壇蜜、餡蜜』の本気を見せたるわ。今日こそやるぜ、明日のジョー!」

「はあ」城はやる気も覇気もない消え入りそうな声で答えた。

ジョリー以外のメンツは経年劣化と互いのののしりあいにより、耳がだいぶ遠くなっていた。そのため(ジョリー相手に無言……やと……? コイツ誰か知らんけど。やはりただモンやないで!)とおおいなる誤解をしていた。

「頭領。帽子をキャッチする役目は、城ではなく私が」飯島がサッと助け船に入った。「会長直々にそのようにせよと仰せつかっておりますので」

「おう。飯島、頼むで。中田のおカシラと約束したんや。澄ました森島の鼻を明かすまで、一歩も退かへんぞ! おい、衣装の準備!」

飯島が後ろ手にしっしっとやるのを見て、城は内心の安堵を悟られまいと、自分の頭領から必死で距離を取っていた。(お笑い……ティーバック脱いでかぶるとか、そういうものだろうか)と自らの体を裏ステージの鏡に映す。(案外似合うのかもしれない。宴会芸でやったら、一人くらい友達が……)と場違いな妄想でウキウキとしだした。

しかし表向きは鏡の自分にまでガンをとばす危ない人だったので、アイツには関わらんとこ、と周りは全力で引いていた。

中の喧騒はただ事ではなかった。ありとあらゆるプロフェッショナルが山となり、国内の誰もが知らぬ一瞬の芸事のためだけに文字通り命を賭けている。城は一発ネタを間違えてその場で射殺された極道の若頭補佐役や、宴会の空気を冷えさせたとして後日おしりペンペン百叩きの刑に処された見届け役の末路を思い出した。

(中田の若頭がなんで生き残れてきたのか、花菱七不思議のひとつだな)城は椅子に座ったまま微動だにしない中田を振り返った。中田は寝ているのか起きているのかわからぬ表情で、腕を組んだまま石地蔵のようだった。城は城で周囲を別の意味で冷えさせる自分の振る舞いは大いに棚上げしていた。

ステージリハーサルは佳境に入り、普段は机の前でおとなしい職人たちが劇場に居並んでいた。貸し切りが取れないときは、外国へ行ってデジタル配信までする花菱の宴会芸。あまりに多数の極道が一気に移動するため、政府や警察にも目をつけられていた。それが今年はショバ代さえ出せば訴えられないというグダグダっぷり。

(外国人による不動産の買い占めと共に、内側から崩壊するのも時間の問題、か)城は疫病の恐ろしさを身を持って知っていた。(俺の口数が少ないのも、コミュニケーションがうまくいかないのも、幼い頃の猩紅熱が原因。俺は生まれつき人間が壊れているのかもしれない)。しかしてそれは単に自己責任と、そしてなにより彼自身の個性によるものだった。

「!」城は李さんを発見した。

宴会芸は無礼講。普段は仲違いしている暖簾兄弟も舞台の上ではライバルであり戦友なのである。李さんは李さんでお友達から始められるよいキッカケにならないものかと、中田の視界に入るためホップウォークをしていた。いつもの中田であれば杖で転ばすくらいの遊びをして西野を真似た言葉攻めのご褒美のひとつも餌にするのだがーー適切な距離でもって謎の仁義を結んできたーー今日の中田は一味違った。

「邪魔や。どいてくれ」

李さんは目に見えて肩を落とした。城は李さんの背中が見えなくなるまで、同じくしょんぼりしながら声援を送った。



2*

劇場の外ではレッドカーペットが敷かれていた。お疲れさんですッ、サインいただけますでしょうかッ! の大合唱である。城はハッとした。あれは……ゴッド姐さん……封印されし美脚を惜しげもなくさらけ出し、真っ白に染め上げた短髪と金のイヤリングがその身を彩る。

「おう。城やないかい!」

血染めのロングドレス……城は内心震えながらゴッド姐さんに近づき、黒のパーティーバッグを自らの舎弟に肩越しに預けるその姿に戦慄した。(さすが百戦錬磨の極妻や。殺人集団に囲まれとって、よう丸腰でおられるもんじゃい)

城は「お久しゅうございます」とボソボソ言った。

「腹から声出さんかい! そんな小ちゃい声で、お客さんに聞こえる思っとんか。ああ!?」
「――」

城は返事の代わりにサッとその手を掴んだ。「なんじゃい。ダンスしに来たんとちゃうで、あたしは」ゴッド姐さんの声は途切れた。城はその場に膝をつき、その手にチュウをした。

「……」姐さんは重ねて無表情だった。しかし照れ屋の本性が、その耳をほんのり桜色に染めていた。「ま、まあ? 別にええけど。もっとして。あっ」

城は視線の行く先を見た。「女帝ちゃん――」

西の女帝は昨今は演歌歌手でもしないような金色の着物を艶やかに着こなし、黒の二重羽織を靡かせてリムジンから降りてくるところだった。城はまたまた戦慄した。殺人集団(以下略)の銃弾を一様に浴びやすい御車で、堂々と登場。撃てるもんなら撃ってみろを地でいっている。

鋭い視線を周囲に投げていた金色のバタフライは、「ちょっと。この私に素足で敵地を踏ませる気か! ああん?」と黒光りしたハイヒールをヒラヒラとさせた。

城が動く前に「姐さんら! よう来てくれましたなあ!!」と西野会長の底抜けに明るい声が、周囲に響いた。

「あら。カズさん」女帝がコロッと態度を軟らかくした。

「カズちゃん、アンタまた肥えたんとちゃう? みんな心配しとるで!」姐さんはそのままだった。

西野は自分の羽織を城に(はよう脱がせ)と目配せした。受け取ったそれを、女帝の足元にひらりと置く。「えろうすんまへん、お嬢さん方。僻地へ出向いてもろて」

「僻地やのうて敵地や」女帝はまんざらでもない様子で西野の着物を蹴った。「まあ? 今日こそチッとは面白なっとるか思て、見に来させて貰いましたけど。こん暑いさなかに、ようやるわ。兄さん」

「ジョリー復活するねんて! ジョリーやで、女帝ちゃん!!」ジョリーの用心棒だった噂のあるゴッド姐さんは、今度こそ本当に頬を赤く染め上げた。

「風の噂や思てましたわ。今年は本気なんですね。花菱会も」女帝の目は変わらず鋭かった。「ま、見せてもらいましょうか。死に損ない集団の本気の芸事を」

「本気もホンキ。いっつもノンキ」西野はころころと笑った。「新若頭の中田が座長やらせてもろてますんでな。どうぞ、よしなに」

「ナ カ タ!?」女二人の声がハモった。

「あのサンショウウオ。いつか料理したろとテグスネ引いとったんじゃい!」

「あの天然ボケ、養殖の偽造品やったらただじゃおかへんで!」

三者は西野を真ん中に腕を組みつつ肩を並べて歩きだした。城は西野の着物を回収しつつ、待ち受ける恐ろしい会場を見上げて、(中田の若頭……腐らんで頑張ってください)とひそかにエールを送った。




3*

数々の日焼けサロンでガン黒にした、白い歯だけはきらびやかな男が口火をきった。「黒組の騎士団長、布施クラキと!」

鈴木その子も裸足で逃げ出す真っ白な顔面とお歯黒で、男が受けた。「白組の騎士団長、松崎モゲルだぜ。ベイベー!」

うわあああと阿鼻叫喚の地獄絵図……ではなく、狂喜乱舞の歓声が上がった。「第五十回、花菱主宰笑劇大合戦の始まりです!!」 ひょえー!! いええええ!! いやっふううううう!! ぱふぱふ!! と平均年齢68.5歳(花菱会統計係調査による)の軍団が花吹雪を散らした。

「布施クラキの名曲、『君は食虫花より美味しそう』!」
「松崎モゲルの名曲、『愛のどちゃんこ節』!」

「そして、我らが花菱会の誇る大統領」視聴者とマスコミの銃激戦をかわし続けた松崎モゲルが、戦友を持ち上げた。「西野一雄による『もしも御経が聴けたなら』! 続けてお送りします!!」

きょえええええええ!! という謎の雄叫びに眉ひとつ動かさず、森島が「すごいわね。ソーシャルディスタンスで舎弟の距離を取りつつ、観客人数は例年の半分以下。配信曲しか知らないような若者たちでも理解できるほどの知名度……花菱会の誇るミュージシャン二大スター。伊達じゃないわ」と言った。

「森島。おまえ――今日はギター。やらんのか」中田は椅子に腰かけたまま、まっすぐステージだけを見ていた。その横顔は半分陰り、付き添いで立っている要の目には表情が読み取れなかった。

「大丈夫。ボクはスター。ボクは天使。ボクはみんなの女神。ボクは……俺は……」

森島は一心不乱に壁に頭を押しつけて自己暗示をかけているジョリーを振り返った。そして言った。

「お互いずっと一緒に、Gペンだけ握っていたかった。俺にとってーー音楽は」

舎弟が「ジョリーさーん。衣装合わせ、そろそろ……」と言いかけたのを、森島が目にも止まらぬ早さで床に引き倒した。ジョリーは壁に頭を打ちつけて、素数を数え始めているところだった。森島の握っているペン先が瞳ギリギリを狙っていることに気づくと、舎弟はアワを吹いて気絶した。

「音楽とは?」中田は尋ねた。

要の耳にはそれが聞こえたが、中田は舞台上の音楽に目を細めた。聞こえなかった。それでいい。美味しそう……どちゃんこ節……もしも御経が……西野が歌っている途中で、傘を片手に機関銃とカメラでドッキリを仕掛けた若手VTuberの軍団がいたが、すかさず助け船に入った黒騎士と白騎士の大声量、「ロッケンロォォォオーーーーール!!」の叫び声にかき消され、あえなく撃沈。廊下で袋叩きの簀巻きにされるという一幕もあった。

「そろそろね」森島はふ、と笑った。



4*


反対の舞台袖ではゴッド姐さんと女帝を特別席に案内し終えた城が、ぐったりとして壁に手をついていた。歌い終えた西野が爽やかな笑顔でやってくる。

「はああああ、危なかった。若手のドッキリに引っかかって逃げ出すところやった。クロチャンとシロチャンが俺をかばって最後まで歌ってくれたおかげやで。あんがとさん!」

黒騎士団長と白騎士団長は序幕を終えた緞帳の端で、手を振っていた。

城はかろうじて精神を立て直し、うなずいた。「……五名ほど簀巻きにして楽屋裏に転がしてありますか、いかがなさいますか」

「どないもせえへん。俺の動画も撮れたやろし、会場もドッキリやとわかった途端に沸いたし」西野は厭な笑みを浮かべた。「でもな。何名か本気で俺が死ぬんちゃうかと喜んどる奴がおったわ。ありゃブラックリスト入りやな」

城は(夏休み明けの仕事が増えるな)と悲しくなった。(特別手当て出るんやろか)と物思いに耽った。

「おっ、そろそろジョリー……沢田研三のお出ましやで」

会場が真っ暗になった。

古今東西、日本の北の端より南の端までやってきた極道たちの群れが、一瞬で鎮まる。西野会長の反対側の特等席では、ゴッド姐さんと女帝がゴクリと息をのんでいた。

幕の後ろの緞帳が上がり、本来なら隠すはずのステージの裏側に奥行きが出た。街灯の灯りがポツッと会場の真ん中を映し出している。紙吹雪と共にロングコートの襟を立てた男が、そっと舞台袖から姿を現した。

「ジョリー……!」誰かが囁くように口にした。

「ジョリー! ジョリー!」

さざなみのようにひろがるジョリーコール。しかし男は応えない。

ゴッド姐さんは感極まって自前のワインレッドのタオルで涙を拭った。「女帝ちゃん……あたしら奇跡を見てるんやな」

しかし三階の特別席から自前の望遠グラスで覗いていた女帝は、「いや、よう見てください姐さん。あれはジョリーやない」

えっ、姐さんが女帝を振り返ったと同時、舞台の照明が一気に明るくなった。

「ク……クロー!?」姐さんの低音ボイスは思いの外、会場に響いた。

別の袖から同じ格好をした男が姿を現した。「ペー!!」

奥行きの出た舞台の後ろから更に男が。「ポッポ!!」

「シ、シシシシリー!!」西野は柵から身を乗り出して驚きを隠せずにいた。「シリー!! あ、あれはシリーや!!」

視力7.0の鷹の目を持つ殺し屋と呼ばれた城は、かつての英傑たちと肩を並べている花菱会計係のお母さん、森島の姿を捉えていた。「あれが……シリー……」城は顔には出さずに感動していた。城が花菱に拾われた時には、伝説の五人組はタッチの差で解散していたからだった。

「ジョリー!!!!」

あふれでるジョリーコール。舞台の上に集結した四人。果たしてジョリーは劇場の後ろから現れた。

西野が、女帝が遠方から同時にささやいた。「見てみぃ。あれはジョリーやない。あれは、あれは……」

「ーージョリーは俺の孫や。今日からジジーと呼んでくれ」

ジョリーであった男は決めポーズで応えた。

歓声は中田の元まで届いていた。薄目を開けた中田の目の端にある人物がうつった。審査員席には特大サンマ(国内産)の蝋人形が置かれている。

中田と目を合わせた暗石家とんまはニヤリと笑った。

「ええ仕事、してまんなあオタクら」

舞台では虎のパンツを履いた五人組、新作ジジーズVTuberがプロジェクションマッピングで映し出されていた。



end.

2020.08.20





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -