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2019/04/22 

 山田さんは躊躇いなく鉢に素手を突っ込み、元気のないパンジーを抜き取った。「ああ。水が根っこまで届いてないね。ほら、密集してるでしょ? ここほぐして、もっと乾いてたら水に浸してもいいけど、これはそんなでもないから……鉢と土変えようか。もう少し小ぶりなやつに」
「毎日水をやってたのに、なんで乾いてるのかな」
「植え替えたときの土の具合とか、株の強い弱いだとかいろいろだね。人間の体と同じで、開いてみないとわからないことが多いよ。早期発見でよかった。明日の夕方取りに来てよ。日陰で回復させとくから」
「栄養が足りてないのかと」
「元気ないときに中華料理のフルコース薦められてもね。追肥しちゃった?」
「……」
「じゃあ肥満が原因かも。土に栄養逃げさせないとな……半分だけ新しい土に入れ換えよう」
「お世話かけます」
 山田さんの花を買うようになってから一年。日の当たらない駄菓子屋の片隅でいくつの花を枯らしたか知れぬ。ハッピーのママが「今日も枯れてるわね」と目をすがめるので「あ、はい。潤いのない毎日です。健康診断で吸血鬼みたいな医者に血を抜かれて……」と笑うと「いや。裏路地に置いてある花」と指摘されるのでつらい。そんな愚痴にも山田さんは「ま、気にしないで好きなの置いとけよ。そのうち環境に適応するのがあるかもしれないし。なけりゃないで造花挿したっていいんだし」と意にかいさない。
「いまさらと思われそうだけど」模型作りのついでに塗り替えた自作の鉢では、下を向いた花がいっそう憐れに見えた。「表面上からじゃ、わからないことが多いなって。このパンジーも俺に買われなきゃ、もうちょっと長生きできたかもって」
 山田さんは言いたいことを察してくれたが、「花に人生重ねすぎるなよ。都会の花は最後はゴミ箱行きなんだから。それぞれの花咲かせた後の始末まで神様でも教えちゃくれないんだし。あとパンジーじゃなくてビオラ。サツキより小さいのがツツジ」と無神経だった。
「芽吹くのが早すぎたのかな」
「んー。俺のところは種からやらないし、卸し業者も専門の農家から買付だし、農家は農家で畑で選別だし、ほとんどは畑の肥料だし」
「土に栄養吸われるだけの……」
「まあほとんどは土の栄養にもならないけどね。親父の畑の近所でやってた家畜のコンポストも最近は法律が変わって難しいらしいから」
「もはや栄養にすらならないのに、生きてる意味はあるのかって話でしょうかね」声にビクッとしてパンジー……ビオラの鉢を取り落としかけると、深見のやつが上から覗きこんでケラケラと笑った。「スダチ君、土を知らんのだなあ」
「……土?」
「こんにちは。注文ですよね」山田さんはさっさと裏へ回ってしまい、深見は出された椅子によっこいしょと腰かけた。
「花は咲こうが咲くまいが、そこに生えてるだけで土の肥やしにはなってるんですよ。根っこの微生物で。花も花のうちに肥やしになったりするがね。昔うちの神社で蓮華狩りとかさせられたでしょ」
「ああ……花ごと畑の栄養になるからって、親父さんに焼きいもで釣られたような」
「親父は鎌で指いっちゃったから、やりたかねぇってんで。そっちも法律が変わってね、芋も焼けないから任せられる小僧っ子もいないんだけど」
「めずらしい。何かいいことを言いそうな雰囲気だ」
「土の話ならそれ以上は私も知らんよ。そのバイオリン、明日には元気でしょ。おたくのこっちゃわかりませんけど」
「ビオラよビオラ」山田さんは箱詰めの苗を慎重に深見のハーレーにくくりつけた。そんなことして大丈夫なの、とあきれているうちに深見は現れたときより颯爽と立ち去った。
「土の話、聞けたの?」
「いや。ひょっとして土って何か重要なの」
「土に絡めた何かを話せってんなら、聞く相手を間違えてるけど」山田さんは鉢植えをコンコンと指で小突いた。下を向いた花に魔法はまだかかりそうもなかった。「園芸は土に始まり土に終わるよ。農家の何がすごいって、科学的にも理論的にも未だによくわかってない1アール5センチで1トンの土を管理し続けてるからだよ。作物の世話は素人にもできるけど、三年管理しなかったら先祖代々開拓した土でも死ぬよ」
「そりゃすごい。1リットル満たない鉢の土も枯らした俺にはすごすぎる世界だ」
 山田さんは首を傾げた。「それみんな言うんだけど、サイズの問題かねぇ。ベランダの花より野山の花のほうが面積は広いけど、誰の目にも止まらず死んでいく花の数もそれだけ多くなるわけだし」
「山田さんは花に感情移入したりしないの。俺はカブトムシにも感情移入するよ。冬をバケツで越してたヤモリにも感情移入するよ」
「商売道具だからなあ。俺が花だったら」山田さんは俺のために考えたふりをしてくれた。「寂れた駄菓子屋の日の当たらないところで、ひっそり風に揺れる人生もいいな。イタズラな子供のサッカーボールが直撃したり、飛んできた渡り鳥のやつに啄まれたり、世話焼きの店主が土に栄養混ぜこみすぎたせいで早めに枯れたり、結構バイオレンスな日常がおくれそうじゃない。花屋にいるときより、さみしいと思う時間は増えるかもしれないけど、むなしいと感じる時間は減るかもしれないよ」

 「お大事にー」と山田さんにちゃっかり一回り大きな鉢と土を買わされたのだが、 ホームシックにかかったらしきビオラの花は、実家の一泊二日で盛り返した。須田でした。マル。

end.

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