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2018/10/07 

 二駅先のホームセンターで園芸グッズを見るのが日課になっている。仕事以外では花について考えたくないのが本音でも、世の中の進みは早い。
 一昔前に流行った瓶詰め油に花を押し込むアートが女性の間で話題らしいのだが、お客さんの平均年齢が六十以上の我が店でもおばさんたちの好奇心は旺盛。彼女たちから見れば、五十そこそこの俺は可愛い花屋の弟分なので、「花のことなら山田さん」とばかりあれこれ聞かれるのである。勉強しておかなくてはならない。
 その日は須田さんと連れだってセンターを回っていたが、須田さんのほうは目当ての木材ペンキだとか、錆留めをサッと買った後には「向かいの本屋かおもちゃ屋にいるから」と足早に出ていってしまったのである。どうせ最近コッソリ創っている街のジオラマにしか興味がないのだろう。
 遊びも真剣にやると仕事の一環になってしまうらしく、花でも育てようかなと言うのでタニク植物を渡したが、その週末には枯らした。育て慣れない人間には枯れるショックはそれなりにあったようで、しばらく落ち込んでいる。
 帰りは俺の店に立ち寄ると言うので、俺はなんと言い聞かせようか迷っていた。

「須田さん。食べ物はさ、腹が膨れる。本はさ、頭の栄養になる。じゃあ胸は? と言ったら、生き物なわけだよ。生花や動物。胸がぽっかり空いちゃうと、空虚になって人の言うこと全部悪い意味で捉え出したり、口に出さなくていいような言葉を蛇みたいな舌でペラペラ言うようになるよ」
「つまり君のような人のことだよね」
 須田さんには苔のほうが似合いそうだ。コケリウムごと瓶詰めにしてやろうかと俺は思った。
「ほらあ。それだよ、それ。薔薇はトゲがあっての薔薇なのに、自分から手にしといて『刺された!』ってわめき散らすのは子供のやることだろ」
「君、薔薇のように華やかじゃないけどね」
「華が無くなるから花買うんだよ。薔薇にする? トゲのないのもあるし。鉢植えも結構持つよ」
 店のお客さんには小さい子もいるから、と弄られて困るような花はやめて、観葉植物にするという。ポトス、シンゴニュウム、アイビー、ドラセナ……とポピュラーな植物を選ばせると、須田さんの目は入荷したばかりのベンジャミンから離れなかった。
「これ、いいでしょ。ツインだよ。セットで一万。買う?」
「ーーなんでそんなにするの」
「観葉植物は殖やすのは簡単なんだけど、大きくするのは数年がかりなんだよ。こっちのドラセナ、別名『幸福の木』で有名だけど、枝の株が分かれてるだろ? 二本じゃたいしたことないけど、こっちは四本ついてるから値段は倍以上。ベンジャミンも樹木だから、これくらいのになると高いんだ。桜の盆栽と同じくらいする。編み上げになるともっと高いよ。手入れも大変だし」
「これいいな。丸くカットするのはどうしたらいい?」
「あー、最初のうちは俺がやろうか。枝ってのはさ、基本的に切ったら切っただけ生えてくるんだ。適当にやってたら二枝ばかりになっちゃって、うまくいかないよ」
「頼みます」
 須田さんは律儀に財布を出そうとした。「いいから。晩飯おごってよ」と言うと、「この二人は俺の子だよ。山田さんがときどき髪の毛カットしにくるからって、山田さんの子供じゃないよ」と不貞腐れるので、代金は貰っておいた。面倒なひとだなあ。

 アキちゃんを拾ってご飯にしようと店を覗いたのだが、喫茶ハッピーの棚卸しを手伝っているという。よし、今だ! とばかりに須田さんが「シマちゃん。終わったら僕らとお茶しませんか?」とカウンターに身を乗り出したが、「すみません。今日は先客が」とフラれたので俺は笑いがこらえきれなかった。
「おかしいな……絶対いけると思ったのに」
「はい。あの、来週じゃ駄目ですか」
「来週でも再来週でも、僕は毎日オッケーだよ。シマちゃん!」
 須田さんの背中を押し出しながら言うと、シマちゃんはクスクスと笑いこけて会釈した。シマちゃんは心根は漢だがみてくれは女だ。可愛いなあとニヤけている俺の腕を引っ張って、須田さんが外に出る。途端にコソッと耳打ちしてきた。
「シマちゃん。ご主人と約束がある日は、髪留めつけてるんだよ」
「えっ。そうなの? っていうか、アンタそんなとこ見てたの?」
「それがさ、今日はつけてなかったんだよ……おかしいな……山田さんに言ってもらえばよかったかな」
「ああ。今朝方、落としたんですって」薄暗がりからの声にビクッとすると、アキちゃんが小首を傾げていた。「あれに気づいてたの、私だけじゃなかったんだ。さすが須田さん」
「アキちゃん、お疲れ。お茶しない?」
「今日はしないです。お邪魔だし」
「山田さんのことなら、どこかの溝に捨ててくるから……」
「須田さんのことなら、気にするなよ。週末粗大ゴミに出す予定だから!」
 おやすみなさい、とにっこりである。俺と須田さんは肩を落として仲良く連れだって歩いた。
 フラれ狼の巡行は深見のじいさんに見つかった。「そこで髪留め拾ったんですけどね。クニちゃんだかホシちゃんだかって髪の短いお知り合い、います?」と眉間に皺を寄せるので、「シマちゃんだよ」と逃げようとする須田さんを引き止めて、その日は三人で食事することにした。わびしいものである。

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