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2018/10/07 

 俺の同級生が野球部の顧問をしていると耳にしたので。須田さんに連れられ、母校のグランドに足を踏み入れたのは、数十年振りだった。
「うわ、校庭が芝生だ……!」
「昨年導入することになったんだが」すっかり見知らぬおじさんになった高原くんは言った。「来年には撤去だろうな。手入れに金がかかりすぎるんだ。言い出しっぺの校長も転勤してしまったし、残ったのは増えたウサギの飼育小屋と負債だけだよ」
「ウサギもいるの? へぇ、俺たちの頃はなかったよなあ。穴掘って脱走して車に跳ねられるやつも多かったし、鶏小屋くらいで」
「鶏とチャボは廃止されたんだ。近親勾配が教育によくないってことで」
「ああ。勝手に増えるもんね。親父のところでも飼い始めは二羽だったらしいのに、十年で二桁だったよ。どう対処したのか聞くのが怖くて聞いてないけど、今年は減ってた……」
「ほとんど猫にやられたんだろうよ。あとはオス同士の縄張り争いがすごいんだ。飼育委員が血まみれになったり、数が増えると目を狙うようになっちまって」
 校舎の裏手から須田さんが歩いてきた。俺は両手で答えた。しかし須田さんが手を上げかけると、校長か教頭が須田さんを呼んだ。高原君はまた戻っていく須田さんの後ろ姿を見て、持っていたバケツをおろした。
「須田さんはさ。三年くらい前から行事の手伝いとか見回りを買って出てくれててね」
「えっ……俺、知らなかった」
「俺もだよ。あのひとの会話に出てくる『明るく元気な山田さん』と『無口で無愛想な山田くん』が合致しなくてよ」
「ははは。俺、学生のころ全然喋んなかったもんなあ」
 夕暮れになるとランドセルを置いて、すぐ店の手伝いに走る兄貴を思い出す。兄貴は俺と違って真面目で優しく、花の扱いも丁寧なひとだった。俺はレジを快活に打ち「ありがとうございましたー!」と声を張り上げる兄貴に反抗して、手伝いは全くやらなかったのである。花の種類も名前も覚えられない。票を見て打ち間違えてお客さんに怒られる。
 俺はそのうち手伝いをサボるようになった。兄貴のほうは毎日学校から帰ると店の前に立った。夜の十時を回ってようやく家族団欒かと思いきや、兄貴だけ眠りこけて労われるのである。これで成績が悪ければ溜飲も下がったのだろうが、兄貴は頭のいい人だった。そんなによくできた兄貴が「大学に行きたい」と言ったとき、親は反対したが「店は僕が継ぐから」と年に数えるほどしか喋らない俺が口にすると、兄貴はほがらかに笑って涙を隠したのだ。
「昨日のことのように……どころか、今朝まで小学生だった気がするけどね」
「人生なんてあっという間だよ。くだらないケンカしてるうちに過ぎ去るだろうな」
「だよなあ!」
「うちの部の溝口の件だけど。ありがとな」
「……高原くんってさ、あまり話したことなかったけど」
「一言も話しなんかしたことないぜ」
「手芸。好きだったよな。俺、溝口くん見てるとさ、なんか親近感沸いたんだ」
 高原くんは苦笑した。「パッチワークのほうな。母さんが好きでさ。溝口は刺繍が得意だよ」
「へぇ。俺にもなんか作ってくれない?」
 山田さーん! と須田さんが大声を出して、ジェスチャーで手元のバケツとスコップを指す。俺はやり終えた花壇の出来を眺めて、「よし」と声を出した。
「今度、酒でも飲もう」
「あ。腹のあたりがタプッてきたから禁酒してるんだよね。お茶でもしない?」
「男子会じゃねぇか」
「いいねぇ。プリザード・フラワーみんなで作ろう」
 やらねぇよ、と野太い首の脇を掻いて、高原くんは笑った。俺もご機嫌になって空を仰いだ。伸びをしている俺を見て、須田さんは嗄れた喉を摩りながら早く来いと手招きした。

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