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2018/10/07 

 山田さんが感傷的に格闘技を見ているのと逆で、アキコさんはザックリしている。いわく「ギャンブルと格闘技は一発勝負だから。勝ったほうの正義に合わせていくコンテンツは、良し悪し生き残るもんだから」だそうで、理屈はわからないが私には幾分か刺激的だった。
 私はスポーツの類いはすべてに感情移入してしまう。突き放した見方はアキコさんらしいような気もするが、本心はわからない。テコンドーのブームは「この年だと腰にくる」と一ヶ月でやめてしまったのを聞いたので、私はいそいそとボクササイズのDVDをアキコさんに渡した。自宅教材は面白いのだが一人だと続けにくい。喫茶ハッピーのユキちゃんから回ってきたブームは仲間を着々と増やしつつある。「ホントはうちのママがやってくれると安心なのよねぇ。肩凝りも治るし!」とのことである。ユキちゃんは怖いものなしで正直うらやましかったりもする。私の周りには、私にはできない考えの持ち主ばかりだ。

 ギャンブルといえば、ある初夏の日。アキコさんと出先で出会い、お茶でもしましょうと互いに話をしたがどこも満席だったので「珈琲代で競輪場行ってみませんか」と誘ったことがある。もちろん断られると思っての冗談だったのだが、「行こう。行きたい。連れてって、シマちゃん!」と言い出したアキコさんの好奇心を私はなめていた。半世紀真面目に生きた反動で、不良になりたいのでしたっけ。
「シマちゃん。こういうところ、よく来るの?」
「高校がここから近いんです」
「へぇ……って、そのころ未成年でしょ」
「入ったことはないです。アキコさん、いくら賭けますか」
 もちろん珈琲代よ、入場料よ、とニヤニヤしている。窓口で適当に選んだ内容を勝手に覗いてきたオジサンが、「そんなの絶対入らないよ」と言うのだが、「これ!」とアキコさんは聞かなかった。
 気迫に圧されて「私も同じのを」と言うとオジサンはあきれている。「駄目だと思うけどなあ」とうるさい。その言い方がこれだから初心者は。女は。と言われているようで、私はすっかり機嫌を損ねてしまったし、聞こえないふりでいてくれるアキコさんに申し訳なくなった。
「ーーあの、アキコさん」
「ほら。始まるよ。よく見えるところないかな」
 スタートから後はあっという間だった。アキコさんも私も勝負内容が理解ができず、「二番? 三番?」「よくわからないけど、日陰で涼しくなったし」「ーー帰りますか」という段になって、最初のオジサンが転がした方が速そうな体型でコロコロと走ってきたのだ。
「お嬢ちゃんらスゴイ! スゴイよ! あれはなかなか来ないよ。おめでとう!」
 キョトンとしている私たちの様にハッとして、オジサンは換金の仕方を詳しく教えてくれた。結果として大穴だったのだ。お礼目当てだったのかもと振り返るとオジサンはいなかった。悪い人ではなかったのかな。軽くかわせなくて悪いことしちゃったな。
「五百円が、五万円……」
「ふたりで十万円ですって。もっと賭けとくべきでしたね。すごいです、アキコさん!」
「ーーうん」
 アキコさんは静かに財布をしまい、息を大きく吸って、ふうぅと息を吐いた。「うん。すごいね。正社員時代にやってたら、人生終わってた」
「え……」
「今はさ、明日もわからない自営業でしょう。どれだけハメはずしても、自棄っぱちな気分にはなりにくいのね。従業員であるシマちゃんの生活もかかっているし。猫のこともあるし」アキコさんはいった。「来月も給料が保証されてる状況だったら、これは私には過ぎた買い物になってたかもーー」
 私はジーンとしてアキコさんを見下ろしていたのだが、アキコさんは「いや。ごめん。勝って嬉しい。でも急に冷静になっちゃって……私、社会に出たばかりのころ、喫茶店のインベーダー・ゲームにお給金の全額を注ぎ込んだ前科があるから」と慌てた。「ーーあれ、さっきのオジサンは?」
「アキコさん。私、がんばって働きますから。来月も保証されるように頑張りますので! よろしくお願いします」
「うん。こちらこそ、よろしくシマちゃん。……ところで、音楽家崩れのヒッピーみたいなオジサンは? お礼ちゃんと言ったっけ?」

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