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2018/10/07 |
「『スーパー円山』がセミセルフレジ導入だって」須田さんは店を閉めた夕暮れどきにやってきた。「山田さん。行く?」 「セミ……なんだって?」 「セミセルフレジ。最後の清算だけ機械のやつだよ。セルフレジを覚える前に新しい機械が来ちゃったよ。こんなことなら避けるんじゃなかった」 須田さんの調子はこの世の終わりが来たような口調だった。俺は時期も終わって花を咲かせることなく終えた薔薇に、セールの札を貼りながらいった。 「ああ、自動支払い機のこと? あれ、別に簡単だよ。大学病院の自動支払い機に比べたら屁でもないよ」 「君はね。そうだろうよ」須田さんは恨めしげだった。「世の中にはね、安定した生活の何かが一個変わるだけで不安になる人間もいるんだよね。映画館が改札切符式の全席指定になった辺りから、僕はもうついてけてないからね!」 「須田さん、パソコンも携帯もタブレットも触れるじゃん。俺、よくわかってないけど生きていくのに支障はないよ?」 「コンビニの固定機械もよくわからないんだよ。手持ちの機械は間違えたところで誰にも迷惑かけないけど、あれ、人が後ろに並ぶでしょう……」 「気にしすぎだよ。俺なんてコピーの取り方はおろか、珈琲の注文も最近覚えたよ。大丈夫だって。ちょっと待ちなさいよ。仕分け作業がまだあるから」 「うん」椅子を出すが、落ち着きのない子供のように須田さんはキョロキョロしている。「いきなり行ったらあれだったよ。絶望しかないよ。せめてやり方を書いた紙でもくれれば……」 「須田さんだって、旧漢字から新漢字に変わるような苦労はしてきてないだろ。銀行だってATMだって、最初にできたときは恐々だったし」 「俺のおばあちゃんは文字が書けない安政生まれだったんだ」須田さんはため息を吐いた。「休みになると親父に『あんたの姉さんたちに手紙書いて』って、ねだるんだよ。親父は日露戦争で死んだ父親のかわりに、学校出してもらった恩があるんだよね。でも、痴呆もあったのかな。毎週毎週言われるもんで、ついにキレちゃって。『ばあさん、いい加減、俺を頼るなよ。自分の名前くらい書けるようになってくれよ!』って……」 「須田さん。このコンプレックスはこじらせると厄介だから言っとくね。覚えの悪い子供の味方になりさえすれば、必要とされるし誰も馬鹿にはしないよ。さあ終わった」俺はパンパンと手を叩いた。「あれ、俺も正直嫌いだよ。効率重視、人件費削減なんてしたって経済は回らないし、商品の価格も機械導入で逆に引き上げられたからね。でもさ、これで商店街に人が戻るかもしれないだろ。ものは考えようだよ」 「ーー」 「この間スーパーの花でレインボーの薔薇を見たんだけどさ。あれ、どうなってんのかな?」 須田さんは微笑んだ。「僕もちょっと気になって。ネットで調べたら、白薔薇の茎を食紅とかに一晩中つけるんだって」 「へぇ! でも青とか黄色とか、四色分けくらいになってたよ?」 「茎の端をね。四分割にしてカッターとかで切り分けて、それぞれーー」 須田さんの憂鬱はスーパーにつくころには晴れていた。人を気にせず小銭がたくさん入れられることを知ると、帰りはご機嫌だった。俺は俺ですぐには入荷しない白薔薇と食紅を実験用に買った。駄菓子屋が小銭をスーパーで清算して、花屋がスーパーで花買ってどうするんだ。まあいいか。 |