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2018/10/07 

 退院した深見さんが、メロンの御礼にと持ってきたのが、紀州の南高梅だった。
「突然バイクで、梅干しの詰め合わせ持ってくるんだよ。俺、ビックリしちゃって」
「ああ。御中元も御歳暮も、全部梅干しになるよ。毎日食べても絶対に消費しきれないから、日付が来たら適当に処分するしかーー」
「え、梅でしょ? カビがないならなんとかなるんじゃないの」
「量が問題なんだよ。一回恩を感じたら、ずっと持ってくるよ。親戚の田舎が和歌山らしいんだけど、その関係かなあ。一度もうくれるなと遠回しに釘をさしたけど、無駄だったな」
 梅は一年に四回送られるらしい。須田さん相手に立ち話もしないというのだから、忙しい合間をぬっての修行みたいなものなのだろう。
「数年前、流感にかかったろ。病気のときに、あれは助かるんだよ。気持ちじゃ肉だって食べたいのに、実際には一口も入らないから。乾麺と片栗粉と出汁しかなくて、梅だけ浮かべて。深見の梅がなかったら、俺は長生きできないだろうなあ」
「縁起でもない。でもあれ、確かに旨いなあ。シソとカツオ節も浸けてあってさーー」
 梅干しの消費に悩まされるとは、俺も本気では信じていなかった。しばらくすると須田さんの言っていることは理解できた。彼の食卓にはなぜ毎回、梅が出てくるのかもだ。たしかに量が問題だ。

 リュウノヒゲとタマリュウのどちらを多めに仕入れるかで苦戦しているとき、商店街で深見さんを見かけた。いつもなら頭を低くして避けてきた俺も、その頃には深見さんを克服していた。慣れてしまえば、少し小さめの熊さんのようなものだ。
「深見さん、ちょうどいいところに」俺はにこにこ顔をなるべく崩さずいった。「あの梅、美味しいですね。いつもありがとうございます。それでね、大変心苦しいんですが……」
「あれ、旨いでしょう」熊さんは鬼瓦そっくりの不機嫌な顔で言った。「また贈ります。今度は夏の終わりに」
 梅雨も終わりかけていた。三ヶ月ペースで、この鬼瓦と顔を合わさなくてはならないのか。深見さんは必ずバイクである。寺の住職もバイクが一番都合がいいらしいが、この短足じいさんのそれはハーレー・ダヴィッドソンである。年中行事のほとんどは神社だ。さぞや儲かるのだろう。深見さんは曖昧な笑顔を浮かべた俺の二の腕をポンポンと叩いて、「タマリュウは新しい種類が出ましてな。カグヤリュウとか。仕入れが決まったらお声かけください。境内の裏に小さな地蔵がありまして、そこの雑草がままならんのです」と言った。
「はあ。……えっ?」
「では。またね」
 深見のじいさんは颯爽と去った。なぜ俺がグランドカバーの仕入れに悩んでいると知っていたのかーー須田さんに調べて貰ったカグヤリュウは俺の希望にピッタリ叶い、新しい顧客も増やせそうだった。

「お地蔵さんの件で伺いました」と神社を訪れると、巫女さんも常駐してない寂れた神社では、柱の手直しをしている職人さんが二人いるきりだった。深見さんは裏の林でホウキを片手に、こっちこっちと手招きをした。
「カグヤリュウ、手に入りそうですか」
「はあ。お陰さまで……」
「よかった。このお地蔵さまはですね、訳あってここに間借りしてらっしゃるんですね。お寺のほうが居心地もよかろうと思って、相談しとるんですが。どこも引き取り手がありませんでねぇ」
「ああ」俺は違和感にようやく気づいた。「『地蔵菩薩』ですもんね。そりゃ神社では問題だ」
「こちらの気持ちとしては、何も問題じゃありませんけど」鬼瓦がニコリともせず、眉根を寄せた。「逐一問題にする人もおるんですわ。それで、今はこんな薄暗いところに居られるけども、いずれくる陽の目の日までね。少しでも何とかしてさしあげたいもんでね。カグヤリュウ。いいでしょ?」
「いいですね。お地蔵さんが居なくなった後にも、殖やせますし」
「色も明るいし。あとね、貴方にお話した理由はもうひとつあって」深見さんは竹ぼうきの柄に顎を乗せた。「スダチ君には言いづらいのでね。お知り合いに女性がいますでしょ」
「たくさん居ます」俺は用心して見栄をはった。「知人に柑橘系はいません」須田さんの学生時代のアダ名だと知っていて、俺はとぼけた。
「その人のね。親類だかなんだか、よくわからんのだけどーーお寺にいらっしゃる若いご住職。ご紹介して頂けないでしょうかね?」
 俺は背中をつたい下りる冷や汗を無視した。「失礼ですが、どこで情報を……」
「スダチ君は怖がりなんで。こういうのは生理現象というやつで、誰にでも備わってるものなんですが。私がこのツラなのもあいまって、何か大袈裟なものだと誤解してるから。メディアのせいだろうねぇ」
「ーー」
「山田さん。子供の頃の石の件なんだけど。すみませんね。坊やが石を入れた期間は一週間。普段は誰も参拝に来ないお稲荷さんだったから、賽銭箱はまだ開けてもいなかったんだけど。こっちじゃ朝から晩まで眷属に『オメーが手入れしないからこの様じゃ!』とか魘されちゃって。私も若いし、寝不足だし、怖いし、短気だし」
「本当にその節は……」
「うん。後ずさりしないで大丈夫。でも、おともだちのマァくんは喜んでるね。律儀に謝りに来てくれて。お稲荷さんだからねぇ」
 表の境内なら叱らずに済んだんだけどね、と深見さんは初めて微笑んだ。凶悪そうな顔が綻ぶと、俺はしばらく忘れていた幼馴染みを思い出して、ポロリと涙した。
「すみませんでした。ありがとうございました」
「うん。まあ勘ですけどね。一巡して事が終わるまでこちらのほうでは続くので。そちらの美人さん、ハルコさん? ナツコさん? フユコさん?」
「アキコさんです……わざとですよね。何が続くんですか」
「お地蔵さまが夜毎すすり泣きをーーとりあえず急がないから、アキコさんご紹介ください。このお地蔵さま、そちらのお寺にお引っ越しさせて。山田さんは山田さんで、自分から霊が見えると嘯くツボ売りからはツボ買わないようにして」
 俺はヘラッと笑いながら鼻をすすり上げた。「ツボなら間に合ってます。うち、花屋なんで!」
「梅も間に合ってると思うけど」鬼瓦は鬼瓦に戻った。「種はあるけど仕掛けはないから。また持っていくので、たまには食べてね」

 須田さんに深見さんの話をすると、「だから果たし状の件でついてきたのかな……って聞いたんだけど、自分に関係ないことはそこまでわからないらしいんだ。いろいろ不便だね」と返った。生理現象じゃ仕方ないなと俺は思った。その夜から夢の中で、お地蔵さまがすすり泣きを始めた。アキちゃん、お願い。たすけて。

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