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2018/10/07 |
須田さんの店には謎の小物がたまに入荷する。拳銃型ライターがそれだった。「これはアメリカの海兵遠征隊M.E.U.が使用していたレプリカの中国製モデルガンでーー」と説明を始めるので、俺は慌てた。 「須田さん、こんなものレジ横に置いてちゃまずいでしょ。だいたい誰が買うの。ココアシガレットと一緒に小学生が持ってくよ?」 「小学生に二千円は大金だよ。いつの時代も。チロルチョコ数十個買えるし」 「むしろ百個買えないのかよ、ってなるだろ。高学年ならコンビニの二百円スイーツ食べてたりするよ。女子高生の通学後の食べ歩きが千円しゃぶしゃぶの時代だよ。牛丼屋なら三百円なのに!」 「共働き世代には、お椀に御飯をよそってくれるだけで三百円払う価値があるんだよ。贅沢なのは『お金を払えば水が運ばれてくるのは当たり前』『食卓には大家族と昨日の晩飯の残り』と思ってきた僕らのほうだろ。自分で買わなきゃ晩飯も出ないのが今の子供だよ。子供が減ってるんだから、これからのサービスはどんどん機械化するよ」 「俺の世代でも家族揃っての食事は稀だったよ」 「ごめん。僕も一人っ子だった」 「とんだイメージ操作だな。論点がずれてる。ともかく、これは駄目だって……」 須田さんは鍵つきの引き出しを開けて、ゆっくりと問題のブツを取り出した。「もっと怒られそうだけど」 「うわあ」 「これはね。サイズ感がわからなくて、ネットオークションで入札した最初のM1911。サバイバルゲーム用のホルダーもついてる」 「うーん」俺は内心ドキドキしながら引き出しの中を覗いた。「このミニチュアは、フィギュア用?」 「それはすごいよ。六個セットで千円しないんだ。十二分の一サイズと、六分の一サイズがあって。アタッシュケース型の名刺入れに入らなかったから、ジェラルミンケースに納めてたんだけどーー」 「刀剣型のボールペンもあるね。女子高生の間で、戦国か何かが流行ってるって聞いたけど」 「うちを卒業した世代に向けて、ホームページで売り出そうと思ってるんだ。ガンダムとかブライス人形とか、全世代に相変わらずウケてるだろ。カードゲームを置いてくれって意見もあったんだけど」須田さんは苦笑した。「子供は大人しいもんだよ。問題は大きなお兄さんという名前の大人だね……ガチャに関しても酷いんだ。中身が空になるまで回していくんだから」 「転売用か。量販店じゃそれで商売になるもんだから、誰も本気で止めないんだろうな」 「本当に欲しい人なら一声かけてくれるけどね」 須田さんは暗くなった店内に灯りをともし、器用な手つきで玩具の模型を組み立て始めた。「これもね、店舗で扱うには物騒だろ。政治問題と自衛隊の空軍を扱った小説の初回特典なんだ。付属品としてコンテンツが拡大して、一時期たくさん流通したよ。来月、市外の雑貨店が二つ閉店することになったから、うちに入ってくるんだ」 「なるほど」俺は造船の脇から落ちた大砲を取り上げた。「あれ、これ軽いね」 「ああ。それはタピオカのストローに色をつけた自作だよ。何十本もセット購入するはめに……ほかに使い道がないんだよ。欲しい?」 「いらないよ。アキちゃんなら喜ぶんじゃない」 「ーータピオカ大砲が?」 「ストローだよ。スムージー始めたいからって、しっくりくるストロー探してたよ」 椅子に座り込んでしばらく二人で悪戦苦闘していた。自慢ではないが四十からこっち進んできた俺の老眼も、日に日に悪くなっている。肩をぐるりと回すと、小一時間経っていた。 「須田さん。これ、面白いしカッコいいけど。一人で楽しむもんじゃないな」 「山田さんにはそうかもね。僕は一人っ子だっていったろ。周りからどう見られてるかは知らないけど、孤独な時間もないとしんどいんだ」須田さんはハッと顔をあげた。「ーーいてくれてもいいんだよ?」 「いるよ。嫌なら帰るよ」 「ひどい」 「どっちだよ!」 俺は不思議な気持ちがした。須田さんも俺も、生まれたときから自営業だった。 会社員の家庭とは別の、不安定な孤独感を共有している。仕事と家庭の境が曖昧な環境でどちらも育った。俺には兄貴がいたが、須田さんにはいない。 「山田さん。ーーいる?」 「いるよ。見てるよ。嫌なら帰るよ」 「ひどいなあ」 須田さんは一晩かけて、店の隅っこでプラモデルを組み立てた。口には出さないが俺が気に入ったのを見逃さず、ガンライターと一緒に俺の家に置くことになった。創るのは趣味じゃないが、見るのは悪くないなと俺は悦に入った。 |