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2018/10/07 

「深見のやつが腰をやったって……」
「全治二ヶ月だって? 聞いたよ。ギックリいったあとに無理して骨折だろ。災難だったなあ」
 困った顔で花を買いに来た須田さんは、俺にうなずいた。「あいつ、一度も病気したことないんだよーーなんて声かけよう?」
 深見というのは須田さんの例の友達、神社の次男坊だ。次男で神社を継ぐのは珍しいのだが、あそこの家族をよく知る須田さんには、特に不思議でもないようだ。神社は寺と違って行事が多いだけに、強気の俺様が仕切るのが都合がよい。
 商店街の会議カースト(そんなものはない。みんな仲良く落ち目である)の中では、下層にいる俺や須田さんだが。自営業は百貨店の委託販売と違い、ライバルであると同時に協力関係である。花屋に買いに来た親子が、角を曲がったところの駄菓子屋へ足を伸ばす場合もあるからだ。昼間はパンを愛す客でも夜は米だ。米だけ愛す米屋の昼メシは間違いなくパンだ。蕎麦屋はラーメンだ。
 まさに須田さんと俺、俺とアキちゃん、アキちゃんとハッピーのママさんである。ひとりの顧客を取り合う事態にはなりづらい。業種が違うようでも、そこは同じである。
 しかし神社仏閣は訳が違う。檀家や参拝者という名の顧客の奪い合いである。会社勤めも経験した気の強い次男は適任だったのだ。特に相続争いが発生しなかったのは、二人とも独身だったからだろう。この街には独り身に優しい市の制度も合間って、そんな人間が多い。
 俺は当たり障りのない花束をつくりながら、ため息を吐いた。須田さんのウジウジ癖には慣れっこだが、相手が問題だ。さんざん言っているが、社交的な俺でも苦手とするタイプなのだ。深見さんは。
「なんでもなにも、一言『よくなってね』でいいでしょ。鉢植えは絶対ダメだよ」
「それくらいさすがに知ってるよ……わかってないな。山田さん、あいつ偏屈なんだよ」
 よく知っている。
「『早く治せるよう頑張ろうな!』とか言うと『頑張ったから腰にきたんだ。追い討ちをかけるな!』とか返すんだ」
 よくわかっている。常に喧嘩腰なのだ。いざ病気をしても、常日頃の言動のせいで、誰も来てくれないに違いない。決して悪いひとではないのだが、孤独なタイプだ。
「そういえばオヤジが最初に大病したとき、『病気に負けるな』と言って看護師にものすごく怒られたよ。死んだら負けなのかって」
「ああ……山田さん、なんて返したの?」
「笑って誤魔化した。本人は『任せろ! 負けないぞ! 毎日負けてるけど!』って笑ってんだもん。毎日死んでいく人を看取ってる看護婦さんと、花と戯れてるお花畑の俺とじゃ考え方も違って当然だし。勇気づけるのは元気な俺にしか出来ないことだろ。実際そう言ってくれた人もいたんだ。婦長さん……今は看護士だから、士長さんか」
「うん」
「まあ須田さんも知っての通り、田舎に引っ込むまで三年間は病院と店との往復で大変だったよ。華絵もーー嫁さんの協力があったから皆で堪えたけど」
「ーーうん」
 わけもなく沈んだ俺の空気を察してか、須田さんも沈んだ。わけはもちろんあるのだ。俺は振り払って笑顔を取り繕った。
「……どうする? やっぱり鉢植えにする?」
「『病院に根づかせたいのか』って怒るよ。うるさいんだよ。普段こうるさい僕が言うんだから間違いない」
「じゃあ、行かなくてもいいんじゃない?」
「そういうわけにはいかないよ。落ち込んでるんだ。山田さんもビックリするよ。長い付き合いであんな声、一度も聞いたことがないんだぜ」
「『腰骨も根づくよ』って須田さんなら言いくるめられるだろ。訳のわからない喧嘩は買わずに、サラッとかわせ」
 須田さんの不安も所詮は虚像だ。相手の反応を気にして何も言わないのもまた選択だ。正解などない。言葉も鉢植えも所詮は形式だ。意味を持たせたら持たせた側の責任だ。
「頑張れよ! 負けるなよ! 向こうが何言おうが、病人の戯言だよ。気が弱ってんだよ。むしろ深見のジイサンに勝てる機会なんて、弱ってるときしかチャンスないだろ? 追い討ち上等だろ!」
「病人に勝ってどうするんだよ……そこまで言うなら、一緒に行ってくれる?」

 安請け合いした結果は意外なものだった。こちらが病人扱いしなかったのが逆によかったのだろう。軒下に捨てられたパグそっくりの深見のジジイは泣いて喜んだ。年をとるのも悪くないものだと俺は思ったが、ジジイは商店街の安物のメロンを見破って「また明日来てくれる? 銀座千疋屋のメロンと一緒に」と顔をしかめた。この野郎!

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