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2018/10/03 

川で洗濯をしていたトラばあさんに声をかけた。「ぎゃあ!まさお、まさおのオバケや!」映画にするなら涙の再会も現実はこうである。自分の位牌には石のひとつもなかったそうな。

志願した14の年から何年目だろう。日本に戻ってきたのは戦後一年ちょっとから二年とは思う。19か20かあやしい。祖父自身帰ってきてからもしばらくは放心状態だったため……まあ21には大阪に出ていたようだ。祖母と出会った年齢もちょっとわからぬ。祖母は祖母で祖父より気の毒な身の上のため、またそのうち書いておこう。あの時代を生きたひと。その後に生まれて復興していかねばならなかった世代の葛藤は、私たちの世代とは比べ物にならぬ。

大阪の職業訓練に通いながら、共産主義とアカ思想にハマった話を三年前に初めて聞いた。祖母は大嫌いだったので、話さなかったようだ。母親にコッソリ話すと、あはははと笑った。「あの真面目なお父さんが?」 真面目だから政治思想にはまるのではないか。偏りを感じながらデモに参加していたが、ある日食事中の会話でダメだと思った祖父は「こんなことしとる場合か!?僕はデモするために日本に帰ってきたんやないぞ!金を稼いで嫁もらって、美味しいもん食べて子供つくって仕事して、遊びほうけて生きていく!」とスプーンを投げつけーー普段おとなしい人は絶対怒らせてはいけない。百発百中モノを投げるーーこれは目に当たらなかったが、顔を真っ赤にした若者の群れに囲まれた。しかし食堂の後ろからワアッと歓声を浴び、二度とそのグループには近づかなかったそうだ。そこには正夫が袂を分かつことになった親友もいたのだが(幼友達とは別の人である)後に逮捕者や死者が出た。この活動は社会的には非常に意味のあることだったが、思想にハマった人たちの出世は阻まれ、前科もつくので後のことを考えるとーー両方は選べない。そこは信念でそれぞれの道を生きるのだ。

正夫はモテた。火傷か何か忘れたが、顔に何かあるのだがそれにも関わらずモテた。特に男前というのでもないのだが(誰よう、私の美の基準がおかしいとか言ってるのは?)若い頃のあばら骨の浮き出た着物姿など見ると、体は芥川のオバケのようだが、顔はたしかに整っている。頭もふっさふさである。私が生まれた頃には、高橋克実が昔やっていたような『右から左へ受け流し系かっぱハゲ』であった。私はこれを吹くのが大好きだった。祖父は優しい優しい人なので、されるがままになりながらその頭をもとに戻した。私はキャッキャと笑いながらそれを吹いた。祖父は諦めて目尻の涙を隠した。他の指より少し短い指をしゃぶったりもした。子供は傷つく獅子のかつての形がわかるのである。あれはなんでだろう。私にもわからぬ。しかし吹くのはやめなかった。

似合わない人や気にしてる人は全財産賭けてもハゲ隠しすべきだけど、似合う人のハゲはいいのよ。……ハゲハゲ言うなって? そうね、『ハラキリ、ゲイシャ、スキヤキ』が『オタク、オカマ、ハゲ』になる日まであと四半世紀かかるらしいからね。日本語って本当に難儀だわ。すぐに絶滅危惧用語にしてしまうんだもの。侮蔑用語は口にのせると音感が嫌だけど(短く覚えやすいものが大抵そうなる)書くと案外ものやわらかになる。みんな自分の声で反芻するから、何を読んでもやさしく聴こえるときは、そのひと自身が優しいひと。耳の聞こえない人は反芻しないらしい。ものすごく美しい耳の聞こえない舞台女優さんが小学校に来たことがあったのだけど、その世界を手話で伝えきった。「私の耳は飾りだけども、文章を読むと音の代わりに色が見える」。共感覚というものだったのだろうか。表現のひとつだったのだろうか。あるいは掲示板なども悪い場所ばかりではない。知らない世界を知るきっかけにもなる。それが嘘でも本当でも。

祖父は結婚し、娘が生まれ、日本で唯一だった電話会社に入った。学歴がないと出世がつらいからと上司に進められ関大の夜間部に通い、誰よりも先に出世してやろうと頑張った甲斐あって出世したが、そのたびにノイローゼで飛び降りやすい構造の電車からポンとしようかと泣き笑い。痴漢といっても痴女もいる。早朝から駆け回り、夜中の電話に叩き起こされ。自分が兵士だった頃より小さな年から靴を磨く子供に靴を磨いてもらい、社宅で一番最初の電話をつけた。そして人の体三つほどの巨大な電卓が隣の部署に入ったらしいと聞いてはきゃあきゃあと言い、当時流行り始めた社交ダンスにキャッキャいい、舞台やらんかと誘われてやったがチョイ役かとやめちゃったりもした。単身赴任でもいつか娘が一緒に踊ってくれるに違いないと思っては「そんなダサいの私やらない」とプイッ。アルコールで人が変わったように暴れるのだが覚えておらず。夫婦喧嘩でネクタイで首を絞められ、娘にクソオヤジと蹴られたこともあったのだろうが知らぬがほっとけ。

これから会議や!俺の時代や!とハンザワナオキみたいなことしてる最中に「娘が男のところから帰ってこない」と電話。現実は無情だが俺はやるで!講演会や!アホか話せるわけないやろ!断ればよかった!「人という字はささえあって云々……眠たい話はよしましょう。皆さん税理士の大学生だとか。税理士の卵千人、なぜ呼ばれたのかわからぬ普通のサラリーマンが一人。僕は営業をしてきましたので皆さんの勉強のお役には立てません。そのかわりどんな仕事を今日してきたのか話しませう……」ああよかった、寝てた子供らも起きてくれた。キラキラしとる。これからの日本は明るい。まばゆいくらいに明るい。惑わされんでよかった。彼らには彼らの、俺には俺の仕事もあったようだ。

「親爺が危篤や」……ナニッ?「四男がポックリ」……ああ、すまぬ。農業を丸投げした弟は45でやられたか。「長女が、三男が」……下ばかりや。待てよ、みんな酒やないか。でも酒はやめられん。「娘が煙草やめへんの!あの子未成年よ!」……煙草や。まず煙草やめよ。「おじいちゃん。人という字はね。あれ、一人きりで立ってるのよ」……エッ。時はあっという間に過ぎ去った。右見て左見ていつの間にか湧いていた小娘チャンが小難しいこと言いおるようになった。「お酒って美味しいよね」……未成年よ!いけません!僕がやめますから!「冗談よ」……なんですと?

70代でも入れる老人大学があると目にしては勝手に入り、徘徊しては警察や消防のお世話になる祖母の面倒をみて、階段二つ飛ばしで降りて歩けなくなったのを半年も家族に隠し杖をつき、「あー。一生なおらないですねー」と言う医者をプリプリ叱っては自力のリハビリで治し、真っ直ぐ歩けるようになってからも「僕はやりませんよ」と言いながらチラチラするので無理矢理握らせたゲーム機にハマって腰の骨をまた折り、癌だの注射だの入れ歯だの補聴器だの薬だのに苦しみつつも、「ウサギって肉引きちぎるんやな……肉食女子やな……」と「それぞれ固体差があるのよ。その子の個性よ」と教えてもショックを受けている。それでも可愛いとデレデレしている。

そんなおじいちゃんが……わたし大好きよ!!

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