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2018/09/28 

パラリンピックも将棋も介護も実態はもはやバーチャルな世界らしいのだが、なんというのか……家庭用ゲーム機というのはたぶん「やってる見た目が悪いから叩かれる」。様にならない。全然さまにならない。「わたしバレエ三歳から十年以上習ってましてん……」(←ちょっとサマになるでしょ?)でも私は知っている。股関節異常で医者の指導もありやっていたのだが、バレエというのは成長期に食べるなといい、胸が出てきたら首になる世界。全員がバレリーナになりたいわけではないのだが。ゲームもこれになりそうだから、eスポーツはゲーマーが猛反対してる。やる前からこれじゃあなあ……他にダメな競技いっぱいあるようにも思うけど。なんにせよ名前がダメだ。諭吉の提唱した『高尚』という思想はゴールまで見据えての話ではなかった。千利休と秀吉の間で戦争が起きたように、山椒魚と蛙のようになるので、この話はやめよう。

上澄みをすくっただけでダシの正体がわかるのは板前だけである。ノーマン・ロックウェルが晩年に、「これだけ絵にファンがついても、国内じゃ嘲笑のまとなの。アメリカはな、スポーツやねん。わかってたけど。でもさ、ボク、絵が好きやねん!!」みたいなことを嘆いていた。油絵や日本画と違い、写実とはいえ劇画というのは、描いてる時の見た目が悪すぎる。見た目が悪く大衆の受けがいいものというのは、同時代ではとかく差別の対象とされてきた。職人になる頃にはこの世から消えてしまう。どんなものも半世紀でブームは過ぎる。据え置き型のゲームは完全に落ち目なので、無為に不安がることはない。やるひとがいないのである。今はどこもこれだよね。発信したい人の飽和状態。谷川俊太郎さんがラジオで言っていた。「怖いこと?詩人と呼ばれるのが僕だけになること。死ねないこと」。読むひとがいないのである。いるかいないか、いないかいるか。

天文学者の研究が軍事目的に使われそうだけど、見た目がいいので見逃されてきた。難しい面もあるが、やりたい人が多くいる研究は続けられるといいなと思っている。ゲーム関連なら、全然売れなかったマイクロソフト社のKinectが、手術道具の技術に使われてる。人間が早く死ねない理由のひとつでもある。クラシックはゲームや映画音楽がなくなればおそらくあと一、二世紀で絶える。ま、なんだって使う側の人間性の問題だ。茶碗一杯の塩で人が殺せるからといって、塩の製造までやめたら人生は味気なくなるから。でも依存性の高いものは結局たくさん人が死ぬまでやめないだろうなあ。酒、煙草、薬、科学、文学、ギャンブル。これまでもそうだった。これからもそうだろう。「ホドホド」が肝心である。ホドホド以上を求めれば「鍛練」にもなるが「毒」になることもある。どちらを選ぶかはその人の自由だ。

『ホーホケキョ となりのヤマダくん』?はあんなにホンワカしてる映画なのに、たくさんの芸術家を死なせてしまったとどこかで聞いた。あれだけ絵面が飛び抜けているので納得した。演劇で死んだ人間はどれだけいることか。私が好きな小説でも自殺したひとがいる。私も何人か殺してるかも。反作用を期待して「刺し違えても笑いに変えよう……」と始めたジャンルもあるので「くだらね。やっぱり死ぬのやめた」となってくれれば一番よい。

仲間内ではアンチゲーム派の扱いを受けてきたので、中立的な立場で書けることもあるかなと思って書いてみた。いまだに謎なのだが、なぜ差別されたのだろう……あそこまでいったら逆差別である。友達の家では普通にやってきたけどなあ。まあご覧のとおり排他的な人間も多い世界なので、やらない人に無理にはオススメはしない。一本だけやるならwiiスポーツ関連と『ゼノブレイド』かな。私はやらないけど母親が三年あれだけやって飽きないようなので。自他共に認めて人に強要はしない品位のあるゲーマーのkioさんは、任天堂ゲームはわからないらしいし。プレステは全く別物だね。ペルソナ今度やってみるわ。龍が如くは開始ちょっとでゾンビ倒し始めたから……なんでや……キムタクになるんとちゃうの?(わりと楽しみ)

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