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2017/12/13 

 昼は同じ道の角かアキちゃんの店で会うのが日課の俺と須田さんだ。その日は俺も店が忙しく、昼食時に現れない須田さんを待つことなく帰った。駄菓子屋の前を通ると、帽子をかぶったにこやかな客とすれ違った。須田さんは俺に気づかず、彼と話をしている。俺は自分の店に戻った。花屋に来たのは、二時間もあとだった。
「ひどいよ須田さん。約束破るなんて」
「あのね。僕もさ、一応潰れかけでも店切り盛りしてるんだよね」
 須田さんは謎の言いわけを用意していた。
「誰か来てたみたいだけど。南国の大トカゲみたいな扮装のひと」
「ああ、雑貨店の」須田さんの顔はほころんだ。「 あのひとすごいひとだよ。うちみたいな駄菓子屋と違ってね、すごいことやってんだよ。悩み相談とか」
「悩みごと?あるの?須田さんに!?」
 表面上は飲み込んでいるが、ポンポン愚痴る俺よりも須田さんのほうが達観して見えていただけに、俺は食いついた。須田さんはため息を吐いた。
「たくさんあるよ。気になる女性のこととか、腐れ縁の花屋の店主とか」
「そのひとには話すんだ」
 俺は丸椅子を引き寄せ、須田さんが持ってきた駄菓子を手にとった。須田さんは嬉しそうに首を横にした。
「話しはしないよ。手紙のやり取りだけだよ」
「今日来てたじゃん」
「今日は仕事の用事だよ。アキちゃんがくじ引きの大人買いを頻繁にするようになってさ。あれ大量生産じゃないから、手配してもらえるよう発注頼んでたんだ」
「ふーん……」
 ずいぶん親しげに見えたのはおそらく長いつきあいだからだ。俺は須田さんと出会って半世紀、須田さんがあんなに身振り手振りでたくさん喋るのを、今まで見たことがない。
 菓子をぽりぽりやっていると、何を思ったのか須田さんが俺の顔をのぞきこんだ。
「ずいぶん含むなあ。妬いてる?」
 俺は憮然とした。「別に。忙しいんだよ。早く帰れよ!」
「開店してから一つも売れてないよね。すみません、そこの花ください」
「今日は売らないよ。帰ってよ!」
 須田さんの笑い声は高まった。俺はイライラと菓子をむさぼった。

 須田さんはその日から毎日、あのじいさんと一緒だった。じいさんは昼にはふらりと居なくなるのだが、須田さんも「家でとるから」とアキちゃんの店には来なかった。俺が顔を出そうとしても、なぜか会えない。須田さんも、じいさんが雑貨店を開いているということ以外、教えてくれない。
「あのジイサンいつまでいんのさ」
「休暇とってるらしいから、来週には帰るよ」
 昼食はアキちゃんのところと決まっているが、無理矢理連れ出して須田さんを居酒屋に誘った。
「須田さん。男連れ込んでるって噂たってるぜ。独身が長いと、女日照りで頭沸いてくるんだって。男の八割は潜在的ホモなんだって!」
「あんたが妙な噂流してるんだよね。僕、ちゃんと知ってるからね」
「おにいさーん!熱燗もうひとつ!」
 須田さんはグラスを傾け、箸を置いた。
「アキちゃんとこ、ご無沙汰だよ。潤いない生活だな……カヨさんの取り合いしてるときは、平和だったな」
「そうでもないよ。こっちは必死だったよ。カヨさんは須田さんのほうが好きだったみたいだし」
「そんなことないよ」
「ま。最終的には俺が勝ったけどね。アキちゃんにも渡さないんだから」
「ふふ……え?」
 俺は鼻を鳴らした。もちろん謎のじいさんにも渡さない。「おにいさーん!枝豆も頼むよー!」

 意気消沈した須田さんがやってきたのは木曜日だった。須田さんは雑貨店のじいさんが居なくなった朝について話した。
「で。帰ったと?」俺は声が弾むのを押さえられなかった。
「うん。アキちゃんのサンドイッチ食べようって約束してたんだけどね。今朝起きたら書き置きとくじ引きの箱だけ残して、そのまま」
 俺はやっぱり憮然とした。須田さんは面白がって俺をみた。「気になる?」
「別に。友達できてよかったね。韓流ドラマ貸してあげたら」
「それがさ、お礼の電話に出ないんだよね。向こうもまだダイヤル式だから留守電も残せないし、困っちゃって」
 俺はいいことを思いついた。「携帯電話契約しに行こうよ。俺も一人じゃ不安だしさ。ね!」
「え?」須田さんはきょとんとした。「 僕、もう携帯電話持ってるよ。アキちゃんと行って、毒キノコのストラップもらった」
「え?」
「んふ」
 ポケットから携帯電話を取り出す。いつの間に。俺は置いてきぼりをくらった事実に、ますます落ち込んだ。

「ねぇねぇ、須田さん。携帯電話のことだけどさ」
「山田さん」
 店の前に立つ須田さんの手には、一通の手紙があった。
「ど、どうしたの?顔色悪いけど」
 須田さんはじいさんの名前を読み上げた。
「うん、アロハトカゲがどうかした?」
 渡された手紙には、聞いたのとは違う名前が書かれている。じいさんの息子に違いない。俺はえっ、と声をあげた。じいさんが死んだという内容だった。問題はその日付が何年も前だということだ。消印はかき消されたようにぶれており、手紙も日に焼けて黄色かった。
 須田さんと俺はしばらく言葉を失った。
「お別れに来てくれたのかな。年も離れてたし、息子みたいに思ってくれてたし」
「須田さん……」
「なんだか淋しいよ。すごく」
 須田さんはぽつりといった。狐に化かされたような気分の俺と違い、須田さんには彼との思い出があるのだろう。俺はじいさんの容姿を思い出そうとしたが、それはかなわなかった。モヤでもかかったみたいに目の前が白い。俺は須田さんを慰めたかった。
「ーー今夜俺のうちでさ、韓流ドラマみる?」
「友達じゃないんだろ」
 須田さんの返事はすばやかった。俺は苦笑した。「根に持つなあ」
「……」
「花と酒持っていくよ。アキちゃんも誘ってみる」
「……!うん!」
 須田さんは大きな声を出した。不思議な現象について話せば、アキちゃんはなんというだろう。彼女も手紙を大事にしているひとだ。活字の世界に長く浸かっていたぶん、心の交流を重んじている。
「げんきんだな。じいさん泣いてるぞ。掃除しといてよ」
 俺にはわかる。返事のない世界などありはしない。姿が見えなくても、消えぬ存在がそこにあるのだと。
「待ってるからね。必ずだよ!」
 晴れやかな笑顔だった。俺は須田さんにうなずいた。





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