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2017/12/05 

 町の小さな花屋の配達日には、日雇いの知り合いだけではなく大がかりな知り合いが来ることもある。ウッドプランナーの小磯さんもそのひとりだ。
「山田さん。鎮守の森に生えてるさ、大きな松の樹知ってる?」
「なにそれ……」
「ほらあ、神社の裏手の!」
「えっ。ダメダメ、御神木でしょ? そんなの話つけらんないからね」
 俺は軽トラックの荷台に注文の花を積めながら言った。見事にハゲ散らかした小磯さんの頭は、太陽がピカッと反射していて後光のようだ。仰け反った俺につめより、小磯さんは猫なで声を出した。
「なにいってるの。松林はさ、どこの山の持ち主も案外もてあましてさ、毎年毎年あちこちで伐採されてんだよ。特に神社はよ、大手の会社社長なんかがドカッと寄進したりするから。伐っても伐ってもキリがないとばかりに容赦なく伐られてるよ。例のあそこも、桜と松はずっと揉めてるんだって聞いたよ」
「……あのさ、二丁目の通りにある小道の松じゃいけないのかな。あれ、行政も手出しができないくらい伸びるだけ伸びて、軽自動車以外通れないんだよね。みんな困ってるよ」
「アーチになってるやつ? それこそダメダメ! あの子は生きたいように生きて、あの形になったのよ。あそこが彼の居場所で、あれが彼の本来の姿なの。わかる? 無理に移したって死んじゃうよ」
 ウッドプランナーというのは樹の移動そのものを仕事としている特殊な職業である。花屋が関わりになる偏屈な職業の一覧としては、盆栽師、多肉植物学者、コケ収集家などがあるが、エアプランツ専門の写真家に次いで感覚的なのがウッドプランナーだ。
 目をつけた植物が老齢だったり特別な場所に生えている場合、町内の揉め事にならないように古株の商店を抱き込むのが、最初の手順らしい。
「頼むよ。本当は来年でも直接話しにいくつもりだったんだけど、いきなり行っても門前払いだろうし。伐られた後じゃ、悔いたって始まりゃしないだろ?」
「あそこの神主さん、いい人だから話は聞いてくれるだろうよ。問題は宮司のほうで、あー……人を挟まないと難しいだろうな。鬼瓦みたいな顔してんだよ」
 俺は子供のころを思い出した。意地悪な同級生に、「賽銭箱に綺麗な石をいれるんじゃ。願いが叶うぞ」と騙された。純真だったため疑いもせず一週間通いつめた。体の弱い幼なじみと願ったのは「いつまでも友達でいられますように!」という他愛ないものだったが、鳥居の影から出てきた若い宮司は、事情を聞きもしないで俺と幼なじみを怒鳴りつけたのだ。幼なじみは去年死んだ。生まれつきの腎臓病だった。
 苦い気持ちでバケツを持ったまま突っ立ってる俺を、小磯は下から覗きこんだ。
「間に入ってくれるような、知り合いがいるってことだよね?」
 俺はため息で応えた。

 数日後、須田さんはいつもと変わりない姿でひょろっと顔を出した。俺は丸椅子を差し出して、昨今、流行りのカラーフラワーを手作りしていた。須田さんはわりかし器用な手つきで、ブーケにリボンを巻いていく。彼はカヨさんに駆り出されて炊事係をしていたこともあるくらい、何事にも長けていた。欠点は牡丹と椿の区別がつかないことだけだ。
「色づけして大丈夫なの?」
「菊とかカーネーションは丈夫だからね。菊人形なんかも最終日近くになると、細工がしてあるよ。切り花の命はもともと短いものだから」
「そっか。楽しんでもらえるなら、多少の化粧は仕方ないね」
 とはいえ、生きものとしての生花を触るのは気が引けた。親父の時代には考えられないだろう。それでも味のない白い菊がカラフルになると、仏間の存在を忘れていた人も「あら。素敵じゃない」と買っていってくれる。廃棄してきた花の量を思えば、これはこれ、時代に叶っていると俺は思った。
「須田さん。神社の松の件、ありがとね」
 店を閉めた帰りに二人で飲み屋を梯子して、須田さんの家でさらに呑みながら、俺はポツリと言った。
 コワモテの宮司と同級生の須田さんは、何かにつけて話をまとめてくれる。実際、叱られて泣いている俺と幼なじみを庇ってくれたのも須田さんだった。その頃彼は大学を出たばかりで、新米のサラリーマンだったのだが。たまたま営業の途中で通りがかり、日が暮れるまで神社のベンチで話を聞いてくれた。駄菓子屋の息子だと知ったのは、それから何年も後のことだった。
「いいよ。ちょうど深見の奴もさ。来年の秋頃には切り倒す予定だったらしいんだ。障りがあってはいけないから地鎮祭のついでに何か使えないかと苦心してたんだって。一番立派な樹が町のイルミネーションに使ってもらえることになったから、これでいろいろ浮かばれるだろうって」
 俺は安堵の息をついた。神主の長男は人当たりの優しい穏やかな人だが、宮司の次男坊は気性が荒い。しかし俺にはわかる。彼はいい人だ。友達が少ない須田さんの友達なのだから。俺は懐かしさと一抹の淋しさで少し涙ぐんだ。
「あの辺の林で壁ドンして遊んだなあ。木のウロに蜂蜜塗ってカブトムシ捕ったり」
「木だから木ドンでしょ。僕は大通りの道路挟んで西側の中学校の生徒から、果たし状もらって喧嘩したよ」
「須田さんが? 嘘でしょ! 理由は?」
「それがさ……後から聞いたら、人違いだったらしくて。同じ学年で同名のやつが、相手の妹とつき合ってたとかで。間違いなく自分じゃないってのはわかってたんだけど、もう一人の『寿田くん』というのは地主の坊っちゃんでね。今はもう残ってないけど、丘の上の豪邸に住んでたんだよ」
「さつきの生け垣があるところだろ? よく親父と花の配達をしたよ。でも人違いでなんて、迷惑な話だなあ」
「その彼がね、泣くんだ。良子さんとの交際が家族にバレたら、母親が黙ってないって。相手方というのが、あー、ちょっと特殊な家業でね。お父さんはもう引退していたらしいんだけど、通りが悪いって言うんだよ」
 俺はこの間きたヤクザをふと思い出した。この辺り一帯には極道の直接的なシマがあるという話は一切聞いたことはないが、ふらりと立ち寄るような知り合いはいたのかもしれない。
「本当にひどいな。須田さん関係ないだろ」
「名前が一緒なだけだもんね。僕も断ろうとしたんだけどさ。周りのやつが……寿田くんは家庭教師ついてるから、頭もいいわけだよ。宿題のノートを目当てに、みんな寿田くんの味方して。結局ーー俺が行くことになっちゃった」
 口数が増えたことに気恥ずかしさが勝ったのか、そこで須田さんはちょっと黙った。俺は続きが知りたくて彼を急かした。「それで、須田さんは大丈夫だったの」
「東中と西中は仲悪かったからね。輪の一番外側で聞いてた深見の奴が『おまえ一人行かせて負けたら、東中のメンツがたたない』とか言い出して、ついてきてくれたんだよ。俺は俺でさ、その頃は体格も悪くなかったし、当然相手も一人で来るもんだと思い込んでたから……」
「一人じゃなかった?」
「一人じゃなかったんだなあ。あとからあとから十人くらいに増えた。十代半ばっていったって、骨格はもう大人だよ。怖いだろ? 深見も深見で自分とこの神社の敷地内だから。親父に怒られた場合の言い訳しか考えてないわけ。二人でどうしよう……なんて思ってたら、果たし状の相手がいきなり土下座して」須田さんは苦笑した。「『妹とは別れてやってくれ。市議会議員のアンタんとことは住む世界が違う。いずれ悲しむことになるのは、良子のほうだから』って。そこで深見の親父がホウキ持って登場しなかったら、事をどうおさめられたか僕にもわからないな」
「……どうなった?」
「僕が寿田くんに伝える前に、彼女のほうから別れを切り出したらしいよ」
「それじゃあ、須田さん無駄骨じゃないか」
 俺の声にあははと笑って、須田さんは仏壇のほうを振り返った。「まあね。そうでもないんじゃないかな。人の縁って、本当に不思議だよ。出逢うべくして、出逢える人がいるんだから」
 俺は『良子』という名前を記憶の引き出しから探り当て、「ああ……」とうなずいた。須田さんはゆっくり向きをかえて、仏壇に添えたばかりのカラーフラワーを指で弄り、両手を合わせた。

 出ていった妻の顔を俺が思い出すより早く、花びらのひとつが落ちる動きに合わせて、須田さんの指が重なった。




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