【事件簿】


023)若すぎた故の



 フランス人のフェンシングの師範が、最初に探偵を翻弄した一人だった。そのときシャーロックは十四歳だった。相手はミドルネームをアルフォンスといったので、情事の最中だけそう呼んだ。

「身体と心を一体にして……これは君の国の野蛮なそれではない……ああ駄目だよ。手で前を弄るのではない……」

 彼の優しさは異常だった。少年愛好家のほとんどすべては異常なのだが。フェンシング以外の未知のスポーツに若い自分は夢中になった。生まれつき虚弱な肉体の静養として再度訪れたポウで、父の命令に従いさまざまな体力づくりを行っていた。四歳までとどまり、その後はモンペリエで暮らしたこともあったからだ。

 この三年がその後の探偵の人生を創ったのは間違いない。だがそれは裏の人生の話だ。少年の肉体的才能がそれだけでないことは、寝所の支配者であるフランス人にはお見通しだった。

 父は自分にボクシングを教え込むことで頭がいっぱいだった。シャーロックの上にはシェリンフォードとマイクロフトという兄が居たが、一番手をかけられたのは三男である自分だと自負していた。

 自分は父のお気に入りだった。父と違う自分の見た目に悩み始めたのもその頃だった。サイガー・ホームズという男と探偵の共通点は、ただ背が高いというそれだけで、それでさえ不幸な事故で脚が悪い父とはいずれ背丈の開きもまのがれないことを、シャーロックは知っていた。

 急速に痩せた少年の身体も徐々に戻りつつあり、父は喜んだ。「先生が誉めていたぞ。馬も買ってやらなければ……しかしまず拳闘だ。この子の腕なら選手にもなれる」

「あなた――シェリンフォードのときもそんなことをおっしゃっていたわ」歳の離れた兄二人は大学に入っていた。「でも結局は地主にすることに決めたのじゃないの。あの子はマイクロフトやシャーロックと違い陽気だけど、彼の将来を勝手に計画したことに関してはとても怒ってるのよ」

 母の関心は宗教と、扱いやすい性格の長男のことだけだったので、シャーロックは聞き流した。スープはいくらも飲めなかった。夫婦二人はいつものように、食事の席で言い争いを始めたからだ。

 荒野を馬で駆け巡る幸せな妄想にしばしひたり、シャーロックは現実から逃避した。身体が回復すれば可能だ。実際数年のちにそれは叶った。新たな地獄への幕開けだったが、まだこのときは何も知らなかったからだ。

 シャーロックは気難しく頑固な父についていけない母親を慰めたが、彼女は女性特有の安定しない気性をもてあまし、ときには声を荒げたり少年を無視することがよくあった。彼女は翌朝の日曜日、真っ直ぐ教会へ行ったまま夜まで戻らなかった。

 父は前夜の食卓の席で起こったことに対して、シャーロックを書斎へ呼びつけた。濃く太く黒黒とした眉が威厳のある目で自分を見つめ、少年は父と自分の同じ点を探しては擦った。樽のような肩と胸はおそらく真似できまい。長い顎髭も可能性は低い。青みがかった灰色の瞳は間違いなく父譲りだ。

 少年は父の話をひとつも聞いていなかった。父も途中で気づいたのか、あきらめて苦笑した。「どれ。チェスでも始めるか。おまえの鼻を殴りすぎたせいで、顔が変わってしまうとヴァイオレットに叱られてしまった。ボクサーはあきらめて、技術者なんぞどうだ」

「もともと不恰好な鼻ですから」少年は小さく呟いた。自分は父とは似てもにつかないばかりか、母にもあまり似ていなかった。「父さんが気に病むことはありません」

 馬鹿丁寧な口調に父は微笑んだ。椅子に座った腕を伸ばして、自分の頭を撫でると、もっと幼い子供にするかのように鼻を擦り合わせた。背中を野太い指で撫で上げられると、ゾクゾクとした悪寒が少年の背中を駆け抜けたが、父は息子が寒がっているのだと思ったらしく、少年を強く抱きしめた。息を呑んで少年は固まった。

「不恰好なものか。シャーロック、気に病んでなどいない――おまえは私の期待以上に育っている」

 シャーロックは陶酔した。父に褒められることが何よりのご褒美だった。普段は青白い自分の肌が、赤く染まることを恐れて顔をそむけた。片手でしがみつき、脚の位置に戸惑いながら知られないようにした。

 父はじっと虚空を見つめていた。

 翌年の暮れに、それは起こった。父は怒りで顔を紅潮させ、フェンシング道場からシャーロックの腕を強く引っ張り、あそこへは二度と行かせないときっぱり言った。少年は自分のセクシャルへの関心を悟られたのではないかと、父の様子をうかがったが、その心配はないようだった。

 父は拳闘の稽古をつける間も、シャーロックの身体を気遣った。汗だくになって砂袋に打ちつける拳の応酬や、複雑なステップの覚え込みを連続して行うと、心地よく眠ることができた。同じ年頃の誰よりも強い息子を、誇らしげに父は自慢した。少年はめったに見ることもなくなりかけていた父の笑顔に呻いた。

 吐き出せない籠った熱の処理は、その後は自分で行うようになっていたが、もう一人の師匠を思い出すことはなくなっていた。誰も居なくなった練習場で、シャーロックは隠していた麻袋を探った。食物庫の隣を借りていたことで、どんな野菜も簡単に手にいれることができた。

「あ……ぁ」

 雄の汗と若々しいすえたような臭いが充満していたが、不快なばかりだった。夕暮れの赤い光が照らす中で、限界を示している己を外気にさらすと、自室のベッドで行う何倍もの快感が少年の腰を浅ましく揺らした。くりぬいていた形の悪いカブは前を慰めるのに使っていたが、問題は後ろだった。自分では何をどう扱っても手加減してしまう。

「ん……ふぅ」

 シャーロックは突起の痛くない瓜では満足できない身体をもてあまし、切ないため息をついた。

 戸口がいきなり開いた。

 驚きに抜けたカブが転がっていく。少年は逆光に反射して見えぬ人影に愕然とした。鍵は閉めていた――なぜ――どうして。

「あの男だな」父は冷たく言った。「おまえにこんなことを教えたのは」

 殺してやる、と歯の間から漏らし、血走った目が本気だった。プライドを脱ぎ捨てて脚にすがりつく。違う、違う、と震わす首を捕らえられ、鋭く頬にかかる空気に殴られることを覚悟した。しかしすんでのところで手は止まり、どう違う、と父は言った。

「どう違う。説明しなさい」

「……ぁ」

「気づかぬと思ったのか。いつからだ」

 父に軽蔑されるくらいであれば、死んだほうがましだった。秘めた想いを口にすることはできない。いきつくところまで逝けなかった怒張が揺れるのを隠そうと、無駄な足掻きで泣いた。両の手首を取られる。

 もう駄目だと思って開いた唇を、父の唇がふさいだ。

 長い口づけに両目を見開いた。哀しげな欲望に溢れた瞳とかち合う。自分によく似ていた。そこだけが紛れもなく父との距離を縮めていた。股間をしごく節くれだった指からすべてが溢れ出る。白濁に気をやり、弾けた肉体でびくんびくんと一瞬の快楽を享受した。零れた嗚咽を呑むように父の舌が侵入してくる。どこもかしこも濡れそぼち、汚してはならない相手の屹立を求めて無意識のうちに背中を反らした。父はようやく唇を離した。

「おまえが言わないなら私が言おう。ある騎兵隊の中尉だった男は、マイクロフトという兄に仕込まれた劣情に長い間苦しみ、彼が落馬して死んだあとは、家庭に落ち着くことを決めた。唯一愛した兄そっくりの三男が生まれるまではすべてが平穏だった」

 少年は唇を薄く開いたまま謝った。意思とは逆に勃ちあがる己にきつく目蓋を閉じる。父が離れて行ってしまう気配に膝を抱えた。しかし彼は扉の鍵をしっかり閉めると、腰の抜けているシャーロックを抱えて奥へと進んだ。食物庫の小麦の袋に座らされる。投げられた下穿きを着込もうとすれば止められ、もうすっかり日の暮れた倉庫の蝋燭に火をつけた。

 明るい中で見下ろされる。父は隆起を隠さなかった。自分よりはるかに整った男らしい顔立ちにあえぐ。ゆっくりと被さる身体をすすり泣きながら迎えた。服越しに伝わる熱の大きさにおののいて奮える。心から欲してきたものだった。

「怖いか」

「……っ」

 首を振るだけで精一杯だった。四つん這いに犯されることしか知らなかった脚を高だかと抱えられ、仰向けになった。土に汚れた指の間を舐められる。陰茎の裏を少し擦られただけで我慢の限界だった。こらえて赤くなる太ももの間に父の顔が伏せられ、まだろくに襞も寄っていない其れをしゃぶられる。腰がうごめいて父の頭を掴んだ。快楽の波で少年の理性は崩れた。

 数本の指が抽挿されて前立腺を探る。耐えきれぬ刺激に先走り、先端を押さえられた。父は冷静にシャーロックの若さをコントロールしながら、気の遠くなるような時間をかけて繋がった。

「ん……ぁ……っ」

 腹の中を掻き乱す熱に、ただただ応えるため臀を振った。縛られたわけでもないのだが手首が痛む。腰の重みは徐々に強まり、やり過ごそうと何度も呼吸をした。逞しい腹筋の押し返す力が、自分の屹立を撫で擦るのに悦んだ。いい子だ、と囁かれれば、そこで初めて抱きついた。

 小刻みに揺すられて断続的に放ったが、それで終わりではなかった。質量を増すばかりの大きさに、声変わりしかけている喉で甲高く叫ぶ。

「いい……! 父さん……いいっ」

 激しく突き刺されると脚まで跳ねた。気持ちいいのか苦しいのかわからない。強まる動きに出るものも出なくなり、痙攣を繰り返して牡を感じた。絶え間ない責めに壊れる思考。耳まで走る雑音と、内部を擦る硬い穿ちに神経をやられた。殺して、殺して、とうわ言を言えば、私より先に死ぬことだけは赦さんと返ってくる。

「いやぁ……やぁぁ!」

 抜かれそうになると抵抗した。もう二度と味わえないという気がしたのだ。中で他人の精子を受けたことはなかった。父のものは自分のものだ。出してと懇願してきつく搾った。呻きをあげさせているのも自分だ。熱いほとばしりの最後の一滴まで取りあげると目の前が白くなった。


 抱きついたまま失神した息子の涙を拭い、父親はその額に静かに口づけた。


End.


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