【事件簿】


010)拳と虚無感



 ああ。また来たのだ。
 何度でもやってくる。ただ金と時間の都合だけを携えて。

 探偵はしばらく冷静を装って話をした。先月の事件のこと。今追っている暗号の解読。集めている資料。出ていった相棒については口を開くのを頑なに拒んだ。しかし男は理解していた。

「最近あの医者を見ないが。死んだのかね」

 コナン・ドイルは出版代理人として世間では知られているが、実際は違った。利害関係はもっと複雑だった。探偵は淡々と言った。

「彼は結婚しました。ご存知のはずです」

「ずいぶん他人行儀だな。立場をわきまえているのか」

 男はいくつか年下だった。しかしこの間柄で年齢など関係あるだろうか? お帰りくださいと扉にかけた指を取られる。虚勢を張って背筋を伸ばしたが、唇を塞がれればそのことにしか集中できない。蹂躙されるままに粘膜の侵入を赦した。喘ぐまいと努力したことは無駄にはならなかった。目を開けるのは失敗だったが。

 気迫に負けた。欲望に血走って充血した目が自分を見つめる。解放されて鋭く吐いた息をまた吸われる。次は拒んだ。拒んだことが男の情欲に火をつけた。

 来る、と感じたが逃げなかった。革の手袋越しに殴られた。

 頬を包む手が、さするように添えられる。逆手に手首を握って咄嗟に反撃に出た。抵抗もむなしく両の手と背中をひょいと取られた。

「……っ」

 後ろ抱きのまま耳朶を鼻で擦られ、自分と変わらぬ大男の隆起が臀の間で質量を増すのを感じた。ベストを割って入った指が、片方の突起をシャツの上から撫でる。殴られたせいだけでなく熱くなった顔を見られまいと、首を回せばそちらからまた口づけられた。

 生理的な反応を示す探偵の股間を握らせてくる。捕らえたままの親指で器用に隆起の盛り上がりをなぞった。唇の応酬からは意識を逸らそうと探偵は足掻いた。髭の感じが触れたことのない誰かを思い出させるからだ。

「あ、あぁ……」

 緩慢な胸への愛撫は更に先を期待して勃ち上がった。強く摘まむのを静止するが、引きちぎるかのように伸ばされて痛みに顔をしかめた。優しさがないほうが都合がいい。恐れを振り切って早々に限界を示す怒張を自ら引きずり出す。唇を軽く離して向き直り、男の身体にしがみついた。

「……んっ、ぁ!」

 仕立ての良い外套に己の先走りを擦りつける。汚してしまえと性急にことを急いだが、何も言わない。ただ面白そうに自分を見つめる目が笑った。さかりのついた犬が主人にするように何度も擦った。尿意でもあればかけてやったのだが、生憎そちらはなかった。息を切らしたが今度はやめない。あと少しというところで探偵の手は払われ、男が代わりに掴んだ。

「やってやろう。下手くそ」

 予想した言葉より甘い響きで躊躇った。その瞬間を逃さず手近なソファに突かれる。床に片膝をついて探偵を見上げる。手だけが可愛がってくるのに任せて先に目を逸らす。革の手袋のなめして張りつく感覚が、敏感な場所を執拗に責めた。

「っ……く」

「おろしたばかりの服を汚すとは度胸があるな――逝ってもいいぞ」

 ほとんど言葉と同時に放った。震える逸物を握りしめたままドイルは無言だった。上を向いていたために髭にかかった雫をなめとる。探偵の挑発的な眼差しを眺めながら、逝ったばかりで脱力を隠せない下半身に顔を伏せた。

「んっ! ぅんん」

 簡単には萎えない器官にむしゃぶりつく様が、どちらが主人かということをしばらくの間忘れさせた。連日の霧で薄暗い空模様のせいで、男の表情を伺えなくなる。荒くなる息と浅ましく動くものが、辛抱できずに再度天を仰いだ。

 こうなると疼くのは前だけではない。慣れた手つきで下を脱がされる間も、ひじ掛けに爪を立てて待ってしまう。臀を突きだすように命令されても、おとなしく言うことを聞いた。首輪はないが探偵は彼の犬だからだ。しかしそのまま後腔を探る指が、まだ布に包まれていることには抗議した。有無を言わさず自分の放った白濁ごと挿入された。

「……ッ!」

 緊張する脚を掴み、拡げられる。牡を受け入れ慣れた穴は、革のきゅっきゅとなる音に合わせて徐々に卑猥な形を成した。

「なるほど。昨夜も来たのかね」

 応えようと開いた口にほどいたタイを押し込まれたが、すぐ吐き出した。家人が留守のときは思う存分喘いだほうが楽だ。指の数が増えるにつれ頭を激しく横に振った。勢いよく引き抜かれて雄の熱をあてがわれると、開ききった下の口が期待に収縮するのがわかった。

「そうか。結婚したと言ったな。では自分で慰めたわけだ」

 かわいそうに――という響きで低く呻く。言葉とは裏腹に突き挿れかたは乱暴だった。半分ずり落ちた身体を後ろから支えられるが、呼吸を整える暇もなく抜き差しを始めた。

「や、やめ……ッ!」

 甘美なものがゾクゾクと背中を突き抜け、内壁を犯す強さに啜り泣いた。望んだものを与えられた悦びに応じ、ゆるやかなもどかしさを嫌って自ら臀を掲げると、奥へと進む張りつめた生き物は鎌首を上げる蛇のように襞に絡んだ。

「……っ。そんなに、気持ちいいか」

 相手が堪える間も惜しんで、放置された自分のものを掴む。馬鹿な男だ、とシャツを捲って直接背中に口づけられ、身体が硬直した。きつく吸われる。所有の印などつける理由がわからない。私のものだ、と続ける腕に引っ張られて探偵は戸惑ったが、床にあぐらをかいた下からの突きが脳天まで届くと、我を忘れて狂ったように上下する玩具と化した。

「っ……ぁ……いいっ。い、いいっ!」

 出し尽くすものもなくなるまで先に逝って、忙しく思考する頭が一瞬静かになる。濡らした顔を拭おうとした手を取られ、まだ臨界まで達してない杭の存在を思い出した。じっくり小刻みに揺らせば質量の増した熱が中身を大量に中で放ち、後始末が困るなと冷静に思いつつも下腹部が奮えた。

 呑み足りない。始めたのは男のほうだというのに自分のほうが夢中で駆けたせいだ。久しぶりの気だるい感覚がつらく、手をついて門を魅せるように萎えた相手を抜き床に倒れこんだ。たっぷり熟れて果汁を含んだ臀の穴ぐらから、流れ出る残滓を頼りに指を挿入した。中身が漏れるのに構わず、ひとりでやるときの何倍も籠った熱を逃がす。

 足りない。

 吹きかけられた名前に甘えた返事を返す。男は肉親以外で自分の名前を呼ぶ唯一の人物だった。服は来たときと変わらず乱れも最小限に、半分勃起してテラと光り、先ほどまで自分を慰めていた逸物を口に押し込んだ。

「そんなに欲しいなら残りも呑め」

 家人のいない下宿に構わず上がり込み、階段を引きずる独特の足音を耳で拾った。それが誰かに気づくと怯えたせいで口内のものに歯を立ててしまう。

「んん……! んんん!」

 惨めで見るに堪えない自分の姿を晒すのを拒んだ。ドイルは探偵を落ち着き払った目で見つめ、数度抜き挿しをして彼の頭を押さえたまま逝った。言いつけどおり素早く呑み込んだことで噎せる背中を抱きしめてさする。流れ落ちる涙ごと両手で包み、信じられないほど優しいキスで探偵の脳を焼き尽くした。

 扉の前であと三歩と思ったところで、もう一人の医者が自分の名前を呼ぶ。離れた唇から繋がった唾液を見ながら、探偵は掠れた声のまま言った。

「ああ、ワトスン。ひどい声だろう。風邪なのだ――奥さんに移ってお腹の子供に障るといけない。今日は帰ってくれたまえ」

 それでも入ってくることはできたはずだ。ドイルは鍵をかけなかった。自分もいずれは知れてしまうであろう饗宴に無用心な振る舞いをした。しかし医者はわかったよと呟き、階段を引き返した。


 髪を梳く指に仰向けられて、探偵は密かに泣いた。


End.


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