【事件簿】


081)狂的



 父の調教は拳闘だけではなかった。イギリスに戻ってからのマイクロフト農場での幸せな一年を、探偵は忘れることができなかった。一八七一年だった。

 子馬で駆けたはいいものの、ヨークシアの荒野は迷いやすく、たびたび野宿を余儀なくされていた。父は迎えの小作人を寄越すような馬鹿な真似を二度とさせないよう使用人に言いつけていた。田舎の性は都会以上に奔放で、娯楽が他にないために少年少女に手解きをする大人が後をたたなかったからだ。

 シャーロックの性質を見破った老人――というほどでもなかったのだろうが、ヒースの丘の不安定な気候は彼を歳よりも老けさせていた――に、少し悪さをされたことがあった。しかし男は浮浪者も同然で、頭のほうも年相応に呆けていたため、父は老人を鞭打つのはやめた。代わりにベルトを抜き放ち、息子の臀を幾度も叩いたのだが。

 舌を噛まないよう詰め込まれた布は役に立たなかった。一夜の快楽の罰則は、あまりにも屈辱的だった。もう子供ではないと口答えすれば、父は気が狂ったように臀をベルトで叩いたが、血が出る段になってはぺドル――ヘラ状の棍棒のようなもの――に切り換えた。

「……っっ! ぁんっ。ぁあぁん!」

 シャーロックは震える前を庇って小さくなった。しかし机に伏せられているせいで、ぶるぶると震える睾丸は守れない。ベルトほどにはそこに当たらなかったが、父は手加減しなかった。痛みから逃れるためならどんなことでもすると哀願したが、聞かなかった。母も使用人も母屋のほうにしかいないために、誰も助けてはくれない。

 歪んだセクシャルは父しか知らない。

「馬鹿なことをっ。どんな病気を持っているかわからん男と、厩戸で過ごしたということの意味がわからんのか。この恥さらしめ!」

「父さん……っ。お父さんっ」

「いくつになった。え? 自分の歳も数えられぬなら寄宿舎に入れるべきだった。私は間違っていた。今からでも遅くはない――」

 甲高い音が立て続けにシャーロックを襲った。

 いゃぁと叫んだのか、いいと叫んだのか覚えていない。おそらく両方だろう。父はぎくりとして動きをやめた。違う享楽を教えこんではまずいと、その後は直に臀を叩かれたのだが――真っ赤に染まった熱の痛みが子供時代とは違った欲望を引き起こすのは止められなかった。

「……ッ! ……ッぁ!」

 掴んでいるだけの前がぐずぐずに蕩けだし、勝手に逝ってしまった。父は叱責はしなかったが、太ももを垂れる残滓と震える息子の身体を見ても、後ろから突きいれるような愚行をおかさなかった。

 部屋を出ていく父の後ろ姿をシャーロックは見つめた。

 普通に横になることさえできず、床擦れの痛みで立つことも座ることもままならない。母と乳母が入れ代わりで面倒を見てくれたが、父の逆鱗に触れた理由は話さなかった。

 一週間もすると自力で立ち上がることができるようになったが、馬に乗れたのは二週間目だった。隣町の農場に行ったまま帰ってこない父を迎えに行くため、半身だけで弾力のある生き物にすがりついた。曲がりくねった道を間違え、途中の雨にも構わず先を急いだせいで、立ち往生してしまった。

 ろくに食べるものも持たず薄着だったために、咳まで出てくる。子馬のほうも心配だった。よく野宿する洞窟で雨宿りをしたが、枯れ木も乾かずマッチの火は点かなかった。迷いこむ度にこまめに藁を敷いていて正解だった。しかしそれも濡れている。

 紙巻きの煙草も湿気ていて、どうにも時間が潰せない。父の怒りは恐ろしいと同時に、愛されている実感をシャーロックに与えていた。


 息子としても。恋人としても。


 雨垂れの音に耳を澄ませながら、子馬が啼くのを聞いてハッとする。すぐに理解した。親馬を同じ場所に繋げた父が、濡れた外套にへばりつく葉っぱを払いながら現れた。

 取った帽子から大量の水が落ちるのに顔をしかめ、「なぜここにいる」と困ったように小首を傾げた。

「父さん――あの」

「風邪をひくだろう。火はどうした」

 軍人も使う強力な火種でさえ、燃えるものが湿っていては役に立たなかった。父はベストだけになると、上着の素材を吟味して唸った。防火剤も使用されておらず、乾いているものはそれしかなかった。火柱が立つと親子は協力して枯れ木を慎重に置いた。焚き火のおかげで息子の咳は直に止まったが、シャツは濡れたままだった。

「服を脱いでこっちへ来い。暖めてやろう」息子は躊躇った。父は苦笑した。「臀が大丈夫か見てほしいわけでないなら、下は履いておけばいい。来なさい」

 言われるがままシャツのボタンを外した。サスペンダーだけ下ろして、脱いだものを焚き火のそばに置く。あぐらを掻いた父に前から抱きつくと、彼は困ったように息子の裸の背中をなでさすった。

「どうした――」

「まだ痛いので座れません」

 さっきは座っていたじゃないか、と言う首に腕を回した。四つん這いで震えるのは、寒さからだけではない。赦しを乞うために迎えに来たというのに、愚かな自分は違う熱を欲していた。

 拒絶されたら裸のまま走って逃げよう。二度と戻れぬほど遠くまで駆けよう、と赤らんだ顔を伏せた。父は無言で息子の下穿きをそっと取り去り、悪寒でぶるっと震動した彼の腕をとって、藁の上にうつ伏せにした。

「っ……あ」

 手の甲の指毛がまだ治りきっていない傷をさすり、シャーロックは声をあげた。持ち上げられた腰を突き出し、父の蓄えすぎた長い髭が臀の間でうごめくのを感じた。それが一番好きだった。息子は言わなかったが父にはわかっていた。

 物心がついたころから馬車に揺られる生活のなか、父の席は決まって御者の席だった。

 黒い髭のなびく雄々しい姿を目に焼きつけ、自分もいつかはそうなるのだと期待していたが、成人間近になっても青剃りの残る気味の悪い顔が鏡の向こうからこちらを見ていた。おまえにはそうはなれないと言われているようで、肖像画でしか知らない叔父の面影を振り払うのに必死になったこともある。

 父が唯一、身も心も捧げた相手だった。しかし髭を生やしたのはその人が墓に入ってからだった。

「まだ尿瓶でしか用がたせないか」

 父は一度も部屋に来なかったが、叩いた後がどうなるかは理解していた。ろくに食べていない腸内が空であることは間違いないが、息子はすっかり忘れていた尿意を思い出し、ことを始める前に出してくると立ち上がろうとした。覆い被さる雄の肉体がそれを阻む。

「完全に治ったか確かめよう。まずはこっちだ」

 後ろから握られた性器はゾクッとした主人の焦りを感じて、堪えがたい刺激を膀胱に伝えた。逃げようとする腹を力強い腕が圧迫し、ついぞ考えたこともないような事態に脚をばたつかせた。

「いやだ……っ」シャーロックは羞恥に赤くなった。「いやだ。離して、父さん!」

「どうせどこもかしこも濡れているのだ。ことには順番というものがある。別におかしなことじゃない。楽にしろ」

 宙を蹴ろうと手で引っ掻こうと、離してはもらえない。抵抗すればするほど切迫した尿意が沸き起こり、耐えるために足の先で土を踏ん張った。膀胱に押し上げられた前立腺で、妙な快楽を味わう。捕らえられた陰茎も、睾丸のほうもやわやわと擦られ、波をやり過ごした。

「……っん。んん」

 堪えるときが気持ちいい。自慰の代わりにやりすぎて、こっそりシーツを駄目にしたこともあった。父は腹を撫でながら、我慢しすぎると腎臓が駄目になるぞと呻いた。それなら行かせてくれるべきだったのだ。今なら立ち上がった瞬間に漏らしてしまうだろう。周囲は明るく、裸の自分には隠れる選択もない。きゅうっと太ももを合わせて父の手ごと搾り堪えた。

「うぅん……っ。い、いいっ」

「吐き出せばもっと気持ちいいさ」

 父の執拗な指から逃れることはできず、発射までの時間も限られていた。それでも消えぬ恥ずかしさと、混濁してはいるが残っている理性が無理だと叫ぶ。何度目かに堪えきれなくなった時には、勢いもなくなった尿がじょぼじょぼと断続的に流れてしまった。それに加えて我慢しすぎた尿道の痛みで、出るものが最後まで出ない。

「ああぁ、ああぁ」

 痙攣する身体を抱えながら、父は更に息子の腹を撫で、出るたびに耳に唇をつけた。アンモニアの強い臭いが充満するなかで、息子は啼いた。父のしごく手の動きが早まり、そのまま勃起して射精なしに何度か逝った。

「若いのに元気がないな。隠れて変な遊びをするからだ」

 父は水溜まりを避けて藁敷の上にシャーロックを寝かせた。汚れたももを舐められる。まだ完全に出きっていない屹立を口に含まれ吸われた。背中がはねる。

「ぁぁ……父さん……! 父さ……っ!」

 何が出たのか自分でもわからなかった。父はすべてを飲み込みながら、後ろの蕾を前から弄り始めた。浮きだつ腰が快楽をむさぼり、すぐに慣れて際限なく勃ち上がる。限界まで身体を二つ折りにされ、みみずばれのできた臀の穴を舐めほどかれた。心地よさに湿った身体を揺らす。どちらがましなのか。

 弛緩した下半身で大きな頭を挟んだ。咎める視線を泣き濡れた目で跳ね返す。父さんが悪いのだ、悪い父さんの子供だから仕方ないのだと言った。

「おまえが悪い子だから私も悪い親になったのだ」

 黒光りした牡が現れると、息子はその大きさにごくりと唾を飲み込んだ。先を少し挿入されただけで蕩ける。膝立ちになって一気に貫かれれば、嬌声をあげて藁を掴んだ。押し寄せる快感で前が見えなくなる。律動を待ちきれずに自分で上下した。

 打ちつけられると岸にあげられた魚より浅ましく跳ねた。いざ自分の中に納めれば、余裕のない父が眉を寄せるのに興奮して、女のように叫んだ。

 降りしきる雨水の音も掻き消してしまう。強く突かれてああぁと声をあげた。奥まで。もっと奥までと望み、片足を抱えながら横抱きにされて頂点を目指した。

「出して……っ、サイガー」

「……ッ」

 父が逝く顔を見たくて名前で呼んだ。自分でも初めて聞くような、低い響きの声だった。面影を忘れさせるために息子は微笑んだ。粘膜を押し広げるものが膨張し、父は果てた。


 シャーロックはほとばしりを内部に受けながら息をつき、つかの間の幸せに浸った。


End.


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