【事件簿】


『ホームズ家の姉妹9』



 ワトソンは獄中ではなく、目隠しをされて馬車に乗せられていた。

「どこに連れていく気だ……私が誰だか知っているのか!」

 馬車に乗せられる前は、マイクロフトへの暴行罪で裁判所に送るのだといわれたはずだった。

 自分の状況がよくわからない。一昨日はハーレム、昨日は留置場、今日は馬車。

「はっ。まさか私の可愛い火掻き棒ちゃんをポークソテーに変える気ではあるまいな。おい! なんとかいいたまえ!」

「ポークソテー?」

 声に聞き覚えがあった。ワトソンはいった。「小男のイタチ!」

「レストレードだ。だがよくわかりましたな、ドクター……耳が悪いというのに」

 ワトソンが事件の日付を間違えるのは、耳が悪いからだという噂がある。レストレードは気の毒に思った。

 その話がまことなら、ワトソンは肩も足も耳も砲弾でやられたことになるのだ。

 それだけ広範囲に衝撃を浴びたのなら、頻繁に見かける火掻き棒が小さいわけも理解できる。ポークソテーにする気もおきない。

「目隠しプレイなんて高度な技を」ワトソンはやはり聞いていなかった。「何が目的なんだ?」

「すぐわかる」

「まさか……お尻の噴火口は今は駄目だぞ。留置場のあまりの寒さで破裂したばかりだからな」

「痔主の世話になるほど落ちぶれてはいないぞ!」

 ワトソンは手探りで隣にいるらしきレストレードの手を握った。「よかった。君の噴火口には前から興味があったのだ」





「ワトソンの罪状が増えたらしい」

 ホームズもさすがに呆然とした。スポーツ新聞の見出しを読む。

「スコットランドヤードの警部を強姦未遂。この切れ者の大痔主は自らを医者であると偽った上にヤードきっての敏腕警部に不道徳で破廉恥な行為をした疑いがある。拘束中の留置場から精神病院に移される途中での犯行――精神病院?」

「ポロリを口実に警部が手を回してくれたのかもしれないな。我々が助けやすいように」マイクロフトは葉巻をすぱーとやった。「博士の後先考えないふるまいのせいで無駄に終わったが」

「誰のせいでワトソン博士が刑務所行きになってると思うの……」エイミーはあきれた。しかしすべてはワトソンの自業自得だった。「それって、警部のほうは大丈夫なの?」

「どっちが鍵穴にさしたかによるな。ああ見えてレストレード警部のプライドはエベレスト級だ。私でさえ言葉には気をつけているのに」

 ホームズは面と向かって言わないだけである。陰口が大好物だからだ。聖人には探偵などつとまらない。

 ホームズはパイプをくわえ、新聞は机に放り投げた。

「エイミーのいっているのは、体や心ではなく、仕事のことじゃなくて? お兄さま」

「うむ。仕事に支障は出るかもしれないな。ヤられたあとなら」

 ジョーはぱくぱくと口を開けながら、溺れかけの魚のようにあえいだ。ホームズはあわててパイプをエイミーに渡し、次女の背中を落ち着くまでなでてやった。

 エイミーは渡されたパイプをそっとくわえて吸い始めた。ベスはそれを見ていた。

「そうではなくて」長女は後半を聞き流した。「名誉のほうですわ。このままでは、警部も男色趣味があると判断されてしまうのではないかしら」

 ホームズが四方八方手を尽くして調べあげたところ、妹の勘は当たっていた。

 かわいそうなレストレード警部のキャリアもおしまいだった。ホームズのそれとは比較できない。人生の伴侶も彼を見捨ててワトソン夫人と旅行にでかけた。ヨーロッパ各地を巡るつもりらしい。静養という名の三下り半だ。事実上の別れだった。

「うむ。レストレードもついでに助けて、恩を売るのが得策だな」

 ホームズはろくに進展していないにも関わらず、自信たっぷりにいった。

「ワトソン博士は留置場に逆戻りね。レストレード警部のほうから迫ったって可能性はないの?」

「私のお尻のバージンを断ったんだぞ。あるわけないだろう」

 続いたのは処女信仰極まりない発言だった。

「ワトソン君の中古品具合は、痔の話が新聞沙汰になっている件で証明された。首を傾げてカマトトぶらずに、しっかり聞きなさいエリザベス。男なんてこのようなものだ」

「マイキーとのお医者さんごっこはどうしたの、兄さん」エイミーはホームズをじっと見た。

 マイクロフトは長椅子の上でむにゃむにゃと寝返りをうち、落ちそうになったところで尻を直接掻いた。

「サイズを見たら鍵が合わないことは容易に推理できるはずだ」ホームズは腕を組んだ。




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