【事件簿】


『ホームズと探偵都市26』




 次に目覚めると、私にワットソン犬のコカインを打つか否かで二人は揉めていた。博士の呆れる声が探偵を幾度かさえぎった。ショック療法にもほどがある。

 私は寝ても覚めても起こる揉め事に頭を悩ませていた。しかもどちらも私のことなど心配していないから余計に腹立たしい。ワットソンが私に気づいて鳴いた。

「ワットソン!」

 基本の鳴き声がワンではないこと自体が間違っている。犬ではないから仕方ない。携帯型のホロテレフォンをくわえている。私は机の上の端末を寄越せと指差したが、声が出なかった。

「今度こそパイプですね」ポロネーズ探偵が言った。もはや反論する気も失せている私の様子で、彼は話を変えた。

「ジョンは旧市街地まで出ていました。SPディテクティブ社からの電話がありましたが、保険調査員の変更手続きが済んだようです――サー、SP社は担当者を客の相棒と見なしているため、頻繁に変更すればブラックリストに載ることになりますよ。どうやって変更したのですか」

 博士が言った。「保険がきいたのか? ならこいつの修理もそちらに頼めば済むのに、なぜ私の手間ばかり増やすのだ」

 そしてまた口論。私は頭を押さえて「うるさい」と言ったつもりが、床に転げ落ちた。雑音が耳障りだ。電灯の接触不良のような音が果てしなく続いている。伸びてきた手を払った。

 博士は呆れたように部屋をあとにした。私はため息をついた。「また怒らせてしまったな」

「彼は一晩中貴方のそばにいました。溜まっている仕事は助手の方にすべて預け、心配して訪ねてきた奥さまも追い返してね」

「――」

「お礼に恐竜フィギュアでも構いませんが、中途半端にリアルな立体ホログラムは駄目です。Gojiraのほうがマシだとぼやいていらっしゃったので」

 博士には私のナポリタンに負けない、一種特異な趣味があるのだ。細かい話は想像に任せるとして、Gojiraというのは例の島国hentai大国――ああまだ名前が思い出せない――を最終的に滅ぼしたとされる巨大生物の名前だった。

 私には毛があるかないかの違いしかわからない。しかし博士もナポリタンがシーズンごとに名称を変えていることを知らない。英国戦隊ミルキィ・ナポリタン、ミルキィ戦隊ナポリタン、ナポリタンVSジェノベーゼの逆襲、哀愁のナポリタン……。

「さて、どこへ連絡しますか」

 私は痛む頭を押さえて机に向かった。探偵は後ろについた。私の代わりにコンソールに指を乗せる。顔も見ずに囁いた。

「夜中に一度目覚めたときは、おまえが居たように思う。本当に悪かった」

「何でしょう。謝罪の数が多すぎてわかりません」

「承諾なしにアマゾンの要求を呑んだことだ。JB経由で保険調査員を変えてもらった」

「――貴方が下院議員になり損ねたときから世話になっているのだから、仕方ないことです。もちろん私に異存はありませんし、アマゾンと会えるのは楽しみです。土産話もあるので伝えておきましょう」

 土産話? 私は生返事をした。

 彼らは繋がっているのだ。人間ではない。

 アマゾンのことはシャーロック自身に任せ、まずSP社に連絡を入れた。女性担当者は慇懃無礼を描いたようなあの男とは違い、以前以上に丁寧だった。目の宝石はブルーカーバンクルで決まりだ。探偵にカスタマイズされた電報機能――首の横から細長い紙が出てくるなんとも原始的なそれ――から取り出した注文書を読む。マニュアルに従った宣伝もなく、簡単だった。拍子抜けだ。

 探偵の機嫌が直ったのを見計らい、私は咳払いした。

「シャーロック。定期メンテナンスについて博士と話したのだが」

「解剖室を予約しておきます。一昨日は申し訳ありませんでした」

「何がだ。謝罪候補が多すぎてわからんな」

 指が私の手の甲に置かれた。「――気が動転した、と言えば笑いますか」

 冷静で緻密な機械の性質に、甘い感情は相容れない。私が返答に困っている間に、彼は部屋を出ていった。ワットソンがその後ろをついていく。

 冷蔵庫のほうが驚いて当然だ。深い意味はない。熱くなった手も意味はない。

 私は――。






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