【事件簿】


『ホームズと探偵都市23』




 すぐに戻ってきたポロネーズ探偵は、最新の機械や端末をいくつか抱えていた。そして私という存在の説明から始めてくれたのである。

 しかし私は部屋中が真っ白であることや、窓の外が黄色の霧に覆われていることばかりに気を取られていた。

 自分がクローンであることは比較的すんなり受け入れられた。

 ショックがなかったといえば嘘になる。おそらく私の遺伝子の一部はCDの記憶を持っていて、自分が自分であって自分ないという事実に反発していたのだ。

 揃いの上下も白だった。肌にピッチリ張りついている。肉体はとてつもなくがっしりしていた。鏡を見たい、と言ったのは当然のことだ。

「いい体だな」私は壁から出てきた透明の立体姿見を眺めた。「腕も足も。先祖は格闘家かい」

 ストイックな方でしたので、とだけ探偵は言った。そして彼は得意のプロファイリングを始めた。時計一個で百万通りの情報を瞬時に得られる人物評はかなり的確だったのだろうが、私はそのやり取りを一つしか覚えていない。

 ドイルという男が心霊学者だったということだけだ。

 私は頬をなで回した。「顔も悪くない。髭があれば完璧なんだが」

「先代の強いご希望で、若い肉体から始めるように調整したのです」ポロネーズは言った。「もちろん年は取りますが、ある一定の年齢に達しますとそれも止まります」

「ある一定の?」私は振り返った。

「遺伝子が記憶している亡くなった年齢です」彼は淡々としていた。「サー、貴方は七十一歳以上年を取りません。死期はご自身で選ぶことになります。髭を蓄えるには充分すぎるほどの時間があります」

 それから丸三日は、ベイカー帝国の成り立ちを始めとする歴史。一万年の間に起こった膨大な闘争・戦争。発達しすぎて成長を止めた機械。汚染霧――そのころ外出にはまだ特殊スーツとガスマスクが必要だった――の勉強で費やされた。

 私以外のCDが四人存命であること。彼はそのうち最も若い「私」の所有物であることなどをだ。

 まだ探偵文化はロボット製造にまで着手していなかった。ワットソン犬もミセス=ハードソンもいなかった。

 喋る機械は長い間、法律で禁止されていたようだ。ロボット工学者たちは神話ロボットとしてジジイ・ザ・クライストを初めとするいくつかを試しにつくったが、どれも庶民には受け入れられなかった。

 顔のある機械は売れず、高性能アンドロイドは更に売れなかった。

 大衆に人気のあるポロネーズ探偵を使ったのは正しい選択だったと言えるだろう。ただし彼は神話の人物として、文献に残っているのはSの頭文字だけだった。

 ポロネーズ探偵はいい教師だった。私はどうしても彼のことが知りたくなった。「CD107は君に名前をつけなかったのか?」

「気になるようでしたら、直接お尋ねください」

 ポロネーズ探偵は小型端末機――まだかなりの重量があった――をいじり、私の机の前に置いた。立体映像ホログラムの色は白黒だった。そしてかなり小さめの全身像だった。

 ――私が初めて出会った同一遺伝子を持つ兄弟は、長すぎる髭を蓄えた茶目っ気のある目の、肩を怒らせた中年の男だった。

 今ならはっきり誰を模していたのかわかる。CD107とGEC博士はそっくりだった。長髭のほうはつけ髭だった。一瞬のちにはずすと、温厚そうな顔になった。

 彼はゆっくり深い声で言った。「はじめまして。アーサー」

 私は口を開いたが、声は発しなかった。不思議な気分だった。父親ぐらいの年齢の男が、自分だというのは。

 探偵は言った。「ポロネーズという名前になりました」

「ポロネーズ?」CD107は唸った。「ポロネーズか――私のつけた名前よりいいな。よし、まとめて採用だ」

 私は胸を張った。自己紹介をしようとして、困った。なんといえばいいのか。しかし彼は私に構わず探偵を仰ぎ、次に私を見ていった。

「私はCD107――シャクレ・ポロネーズ・ディテクティブ社の社長だ」






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