【事件簿】


『ホームズと探偵都市12』




 4


 私はダンシングマンの残りをかき集めて、暗号化する作業に没頭していた。

 ここでようやくダンシングマンの暗号について説明できる。彼らは動く人形ホログラムの中でも最古の存在だ。

 旗をあげたり下げたりで意思伝達する姿の愛らしさと裏腹に、暗号文の解読を間違えると噛みつく習性、臆病故に明るい場所に出てこない習性、実体化はもとより透明になったり立体平面になったりする習性などがかわれ、いまだに多くの国民が使用している。

 個人のやり取りに使える手軽さは確かに便利だ。しかし彼らにはまだ問題点があり、複雑怪奇な暗号ではないため、パスワードなどの管理には不向きなのである。

「スコットランド防衛隊からお手紙です」

「とりあえずそこへ」

 ポロネーズ探偵は私の邪魔をしないよう――無駄機能を発動させないよう――近頃は常に別室で資料づくりに勤しんでいた。

 これは万能探偵には無用の長物に思えるが、我々ただの人間には非常に助かるものだ。

「ナポリタンの件ではないでしょうか」ポロネーズ探偵はそれ以上何も言わず出ていった。机に置いていったのは夕食か? ――やはり違った。ご丁寧に皿の上に手紙が乗っている。

 私はペーパーナイフを取って中身を開いた。印章が押してある。生真面目な男だ。

 エティエンヌ――私はその名前を考えた。著名人と同名という以外の、何かが引っ掛かっている。しかし今になってもどうしても思い出せない。残りの名前にも覚えがない。

 ナポリタンの話がびっしりしたためてあった。私はそれを読もうと食卓に座り、そこで初めて料理が並んでいるのをみた。私は探偵を呼びつけた。

「座れ」

「何かご不明な点でも?」

「一緒に食う相手がいない」

「博士を呼びましょう」

「おまえとは休戦したが、博士はここ何年もずっと怒ってる。理由を知っているか?」

 探偵は椅子を引いた。「貴方に対してではありませんよ。食べますから勘弁してください」

 私は黙った。たしかに本人に聞くべきだ。

 探偵は饒舌だった。カーバンクルの注文を心待ちにしているのか、その話ばかりだ。

 私が今の目も悪くないだろうと言うと、サファイアガラスは傷には強いが、一点集中で割れやすい理由を話してくれた。

 ポロネーズ探偵は食事もできるが、排泄機能が人間と違いやや面倒だったので、実際のところあまり食べなかった。

 私はあの派遣社員と顔を合わせるのが重荷だったので、家宅捜索については口をつぐんでいた。それゆえ彼の追及は唐突に感じた。

「ポロネーズ=アマゾンから連絡が来ません」

 私は口ごもって言った。「こっちが切っているからな――」

「アマゾンは潔白です」

 私の手は止まった。「なんだ。手を出したことにも気づいていたのか」

「嫌な言い方はやめましょう。真面目に答えてください」

 私は過去にある事件の重要文書――今回の家宅捜索はこれが原因と見てる――の保管に困り、ブリキの箱を預ける場所を探していた。それはもうかなり昔の出来事になるが、シャーロックにさえすべては話していない。

 彼は昔ある調べものをするために私に無断でその内容を見た。それは仕方ないことだったが、はからずとはいえ彼の神経回路に思わぬ影響をあたえてしまった。

 私は彼を許し、彼も私を理解した。私という人間を知った。

 私はかつて最も信頼を置いていた者に裏切られ、それが故に大事な者を失ったのだ。すべての人間がこの長い人生の中で何度かそういう目に合うだろう。しかし私の場合は深刻だった。

 知った秘密がベイカー帝国の存続自体を揺るがしかねない内容だったのだ。加えて裏切られたというのも私の勘違いだった――私の。大事な。

「サー?」

「美味しかった。ありがとう」

「料理を作ったのはミセス=ハードソンです。それより」彼は口をつぐんだ。「余計なことでした」

 私は長年シャーロックを弄ってきたことを後悔していた。彼はこんなに率直ではない。素直ではない。しかしもう遅かった。アマゾンが言った言葉が私の頭を殴りつけていた。

 私は彼を服従させている。それは彼が機械である以上、当然の権利だったが、私は胸が痛んだ。

 私はその夜、ダンシングマンについてある調査をしてほしいとアマゾンに通信を送ってみた。返事はなかった。






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