【事件簿】


『Cの切傷1』


 実験で指先を少し切った。薬品が付着しては取り返しのつかぬことになりかねない。私は増える一方の絆創膏に、どうしたものかと頭を悩ませていた。

 痛みもないからと放っておいたせいで膿んでしまい、気持ちの悪いことになったのだ。膨らんでいた気泡のようなものが無くなれば、小さな穴が無数に開いて皮一枚から透けて見える。

 ひとつ大きな水ぶくれを焼いた針で突き、余った皮を小さな鋏で切ったのがいけない。窪んだ赤みは、空気に晒して三十分ほどで皮を張ったのだが。他も気になるので、表皮に埋まった穴全部を一個一個破る。グロテスクな楽しみに夢中になり、後のことは全く考えなかった。

「悪趣味な真似はお願いだからやめてくれ」
「しまった――こんなに穴だらけでは手が使えない。何故もっと早く言わないのだ、ワトスン!」

 吹き出した水を全部清潔な布で吸い取り、指先を見せた。

 ワトスンは無言で本を閉じ、向かいのソファから私の手を取る。両手で見ながらため息をついた。「タイミングをはかりかねたのだ。君はコカイン注射の腕といい、壁の銃痕といい、穴が好きだな」

「壁の穴に指を突っ込んでいるときは、気持ちが安らぐ。腕の穴は減ってくると具合がおかしくなる」
「治りが遅くなるから二度とやるな。消毒するぞ」

 身を震わせて、上半身だけ逃げ惑った。包帯でぐるぐる巻きにされるまで、あっという間だ。液体が浸みたせいで泪が出る。

「ホームズ。指を切り落とすのはものすごく痛いだけじゃない。君のバイオリンを僕が二度と聴けなくなる」
「ささいな切り傷から大きな怪我。わかっているさ……しかし楽器の件はうんざりしてると思ってた」

 ワトスンが私の指を取り、早く治るようにと一つずつキスをする。指先から甘美な電流が流れて、赤くなりそうな鼻っ柱を背けた。

「耳が赤いよ、ホームズ」
「――今日は暑いからね」

 こっちへと長椅子に促され、暑いから嫌だと抗議する声も無視して唇を捕られる。引きはがすと軽く汗をかいた首筋を髭が擽り、動悸に速まる胸を探り始めた。

「まだ明るい」
「着替えを手伝うだけだ。片手じゃやりにくいだろう?」

 座ったワトスンの脚の間に下ろされ、向きを変えられる。後ろから伸びる手が器用にボタンを外した。下の方に伸びる前に手首を掴んだが、シャツの中を割って入り腹筋や臍やその先まで、指が一直線に掠める。

「あっ……ぅ……!」
「確かに今日は熱いな」

 布地の上から股間を握られ、とっさに膝を閉じかけた。女のような仕草を自分に許せるわけもなく、摩られるうちに迷う。

「ヤってもいいが、ここでは駄目だ――依頼人が」

 肩を押さえられ隙を見せた口を再度塞がれる。床に座ったのがそもそも間違いだった。誘いに乗ったも同じなのだ。

「ん……ぅ」

 苦しい姿勢で仰ぎ見る。片手は股間を揉みしだき、半分以上中身が勃起するのを感じた。浅く座っているために、ワトスンの漢の部分が肩甲骨の窪みに当たる。肉厚の唇がおとがいを通り過ぎ、顔の輪郭を舌先で耳まで辿った。

「あぁ……うっ……」
「愉しい遊びを思いついた。穴が好きな君向けだ」
「ワト、スン。……寝室で」

 赤いと指摘された耳だけでなく、すでに目尻が同じ色に染まっている。薄い皮膚を恨んだ。どうりで余分に巻きを入れたはずだ――満足に指が曲げられず、力が入らない。

「まず耳かな」
「ひ……っ」

 ねとりと舌先が左の耳に挿いり、奥を探った。股間の手がまだズボン越しに擦ってくる。自由な右手で豊かな髪を掴んだが、暑さのせいで汗ばみ、妙に興奮を誘った。

「急かさなくても掃除しようじゃないか。次は反対だ」
「き……み。夏は雑菌が」
「変な遊びに熱中してる間、キラキラしてる目と開けた胸元が気になって仕方なかったよ」

 舌の感触に首を竦めた。ときおり耳たぶを噛んで、裏を執拗に舐める。形を確かめるように動く手と相俟って、腰を振らないでいるだけで精一杯だった。

「あっ……あぁっ……ワトス、ン」
「外気に晒したほうが涼しいかもしれないね」
「焦らす、な……」

 引き出した屹立がぶるんと震えるのに気づく。先に溜まった露を弄る指に荒く息を吐いた。この穴が次かなと言う声で、想像に身を硬くする。

「痛いのはやめろ、ドクター」
「やめてください」
「……やめて、くれ。ワトスン」
「よろしい。しかし、言うことをきくとは約束しなかった」

 屁理屈に噛み付くより早く、抱きしめられる。そそり勃つ先の切れ込みを二本の指が広げた。

「尿意は?」
「……ッ、ないっ」
「じゃあちょっとなら、いいか」

 舐めてと反対の指を差し出される。嫌な予感でノーとすぼめた口に何本か突っ込まれた。さんざん中を蹂躙してから引き抜く。

「こっちも穴だから」
「てっきり……」
「口淫すると本当に誰か来たときに困るだろう」
「……っ」

 こっちは息も絶え絶えに愛撫を待っているというのだが、冷静そのものだ。この仕事に関して適うわけがないのは知っているが、される一方なのは面白くない。

「穴を弄るのが好きだと言ったんだ。僕にもさせたまえ」
「いいよ」

 ただし、それなら部屋が好都合と――宙ぶらりんの下半身を放置で、立たされた。




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