【事件簿】


『Bの捻挫6』


 躯を重ねるようにずらし揃えて扱く。胸元が近かった。シャツの上から乳首を噛んだ。ホームズが折った片腕を頭に当てて顎を反らす。

「先生――痛くしないでくれるなら注射も」

 精一杯の虚勢だったのだろう。しかし彼の得意な演技力はほとんど用を成さず、アクセントも表情も彼そのままだった。

「医者嫌いの君が普段はそんな心細い声を出しているのか」
「んっ……! あ。主治医にしか、……ッ」
「言うことを聞かない子供には飴を与えているんですよ、ワトスン夫人」

 ホームズが本気で驚いた顔をしたので、にっこり笑った。「言葉の綾です。お注射はお尻。熱を測るのはお口。どちらがお好みですか」

「飴玉は――」
「残念。私が食べてしまいました」

 甘い味が残っていますとキスをする。全身を硬直させてシーツを掴んだ。やり取りの間に動かし続けた指が湿って、臨界に達した二つの怒張を弾く。

 解放すれば半分しか息を吸わなかった。不本意そうに横を向いた。

「ドクター、いつもそんな……」
「私は口寂しいな」

 服の上から弄っても勃起しない乳首に業を煮やした。布地をめくり舐めほどくのに時間を費やす。短い喘ぎが抑えきれないほどになると、腰を浮かせて先を促した。

「熱を測ってくれ。堪えられない」
「仰せのままに」

 部屋着を脱がし裸にすると、寒気からか躯中の毛が粟立つ。貴方も脱ぐ必要はないでしょうと減らず口を叩くので、少々強引ではあるが片膝を持ち上げた。

「ワト、スン……!」

「医者がやることには必ず意味があります。熱は人肌に移りやすい――」覗き込めば期待にそそり勃って、ちゃんと私と目を合わした。「寝ている間に御婦人方が帰って来てる。注射ごときで叫んだら格好悪い思いをしますよ」

 太股を肩にかけると隠れた場所がよく見える。膨れあがった睾丸を口にたっぷり含んだが、鼻で息をする度に足首が私の背中を上下して摩った。

「もっ、もっと熱いところが」
「仮病の罰です。その気もないのに誘いにきたらしいのでね」
「あっ……あぁ……んっ」
「おとなしくしたほうがいい。これはなかなか難病だ」

 ぎゅうと絞って先端を引っ掻いた。張り詰めた筋の血管を伝い、先走りが漏れる。

「痛、い」
「注射の前に測るのはこっちです」

 唾液で濡らした指を至る先の淵に当て、少し迷って首を傾げた。「前回の診察はいつ頃でしたか?」

「覚えてなど」
「私が新しく買った万年筆を使い始めた日は」
「八月二十一日午前九時半郵便局前署名運動で」

 発射しない程度にいたぶると、まだ三週間前だと半ば啜り泣くように白状した。指先を挿れると脚の筋肉が震える。

「次回の来院までには自分で拡張したほうがいい。薬が細部まで染み込みます」

 ホームズは気を逸らすように枕元の火を見つめた。眼差しの真剣さに、どうしたと聞く。

「腕に打つところが、ないから辞めたのじゃない……コカインよりも、もっと」
「刺激の後にはまた物足りない時間が訪れる」

 私は低い声で言った。増やした指の飲み込みが弱く、限界に奮えた自分の怒張をなすりつける。幾度か繰り返すうちに、充分になった。

「っ……! あっ。ぅ」
「負担が大きいから週に数回。服用は食後は避けて」
「もっと、欲しいものが」

 目一杯開けると下から膝を入れた。挿し貫いて揺さぶる。奥に到達するまで、ホームズは腕を噛んで悲鳴を出さぬようにしていた。

「大きいから、ドクター」
「それほど、痛くないでしょう」
「ゆっ、くりだ。頼む」

 狭い場所に捕らえられれば、私のほうが痛かった。医者は嘘つきだと囁く。繋がったまま抱き合うのには無理があった。身じろぎする躯を押さえ、呼吸を整えながら動きを開始する。吐息が激しくなるのにつれて、早さも増した。

「……っ。ぅ」

 なかに誘い込むように挿れる度に、宙に浮いた膝が震える。堪えて今度は枕を握りしめるのが見えた。慰めるために、髪を梳いた。

 本当はとめどなく突き挿れて、女のように上げる声を限界まで聞きたい。叫べば外に届くだろう。そうすればロンドン中に、私がホームズの理性を突き崩す唯一の男だと知らしめることができる。

 彼に声を上げさせることができるのは――自分だけだと。

「強、く……! ワトスン、もっ」
「静かに。御祖母様は耳が遠くなって来たが、雇いのメイドはクリスチャンだ」

 腕の中で嗚咽を漏らした。一瞬止まった手の追い上げにも関わらずに、片手をさ迷わせしがみついてくる。力の加減が効いてない。深い所を押し上げてしまい、今までにないほど高い声で答えた。思わず手で口を塞ぐ。指の間から小さな声を出した。

「ま、だ。ぅ……あ!」
「……っ」

 軋まぬように加減を加えたが、腰に巻きつく脚と手の平で膨張したものの硬さに意識を飛ばした。きつく締まった内壁を擦り上げる度に歯を食いしばろうとするので、腕の太い部分を噛ませた。

 白い手に残った跡を目にして、脚以外にも疵が増えたと悲しくなる。注射の跡は要らない。傷の絶えぬ躯に自分の跡だけ残したい。悦楽が頂点に達したときだけ、私の腕を軽く噛んだ。背筋を走る響きで痛みは感じない。

「ワト……ス……ッ!」

 ほとばしる白濁の後に限界を越えた。打ち合いの応酬ではなく受け身だった躯が脱力する。想像以上に体力を無くしていたのかもしれない。

 射精し終わっても続く波が彼を襲っていた。んっ、んっ、と短く啼く声に萎えた場所がドクリと動く。

 二本打って確実に治すよと言えば、怯えた患者は呻いて応えた。




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