【事件簿】


『Aの火傷7』


 勢いに痛み以上の衝撃が全身を襲った。慣らされた体でも辛いときは辛い。さっきの気遣いはどうした、と口に出したいのだが声が出ない。息を吐いて、ずり落ちかけた足が床に伸びた。

 意識を無くしても馬車に乗せるときは横抱きになど間違ってもするなと言いかけ、どのみちそれは無理だと思ったが、どうせなら膝枕で下宿まで送ってくれ――と悠長に待った。しかしいつまでも動きはない。痺れて何も感じなくなった穴から腹の底にかけて、重苦しさに集中するばかりだ。

 ラシャの上に上体を倒していたので、横から顔を捻って見た。ワトスンはそっぽを見て、突き挿入れたままの形で、ぴくりともしない。

「……っ、痛……い!」
「――ああ」
「吐くぞ」
「うん……いや、抜いてからにしよう。すまない」

 いれる気はなかった、といまさら呟き背中を撫で下ろす。痛みと違う感覚に首を反らしたが、すまない、と幾度も撫でる。そうすると感度の良い部分が疼いて、意思とは逆に彼を締め付けた。

「……ッ! 抜くから。楽にしてくれ」
「無、理だっ」
「ホームズ……」

 ドクンと先端に向かって流れる血流が雁を大きくして僅かになかを掻いた。さざ波立って下腹を押し開き、気持ち悪さと相俟って感じたことのない善さに歯ぎしりする。

「動かすぞ」

 止まりかけていた生理的な涙を零し、ラシャを爪で引っ掻いてワトスンを見た。見合った目尻が充血している。

「抜くだけだ。頼むからこっちを見ないでくれ……そんな……」
「……、ん! 待っ……」

 ゆっくり体を退こうとする。神経を走って腰にきた激痛に思わず台を叩いた。小刻みではあるが、全く痛みばかりでもない刺激が脳天に響き、感覚の戻ってきた奥から順に熱くなり――太股を流れる液体の一部はどの程度の血量だろうと計算した。内部が痙攣すると痛いのか、ワトスンが軽く前屈みになる。やはり気のせいではない悦びが駆けた。

「……っ!」
「ホ、ホームズ。大丈夫か?」
「ぅ、動くなっ」

 ワトスンが呻いた。一度も放ってないのだ。辛いのは同じくらいだろう。なんとか大波をやり過ごして息を吐く。痛みの起こす交わりがいつもよりきつい。火傷を帯びたような痛みに、出したらどうなるのか――弾けさせればさぞ滲みるに違いない。

「――す、こしなら」
「わかった、半分くらいなら引き抜けそうだ……」
「違う。動いても、いい」

 しばしの沈黙で、葛藤が伺えた。予想以上に血塗れていたら困る。堪えて手を伸ばし結合部には届かないが指が濡れた。たいしたことはない。この程度なら。初めのころよりましだ。

 耳にかかる息がそれまで余裕のあった彼とは違い、悪戯な考えがまた芽生えそうになる。背中にのしかかるようにしているならと、腰に置いた手を取って、シャツを割って胸まで導いた。

「来てくれ」

 ワトスンは大きく吐息をついて、抜け出しかけたものを再度奥に押し込め、慎重に私の腰を抱きしめた。台の上でじっとしていると、鍵がかかっていようがいまいが誰に見られたところで構わないと考える。

 愛されている。どんな形であれ。

 ひとつも律動を繰り返すことなく、一番楽な獣じみた姿勢で愛しい男に捕らえられている。欲望のまま獣の如く幾度も貫いて壊すこともできるのだが。ワトスンは動かない。

「逆、だったら……」
「――?」

 逆なら、僕は遠慮はしない。穴が壊れようと病気になろうと、君が吐き続けていても動かすだろう。

 優しくしないでくれ。

「動け」
「……ッ」

 ゆっくりだ、と。入口近くまで抜くのに、本当に長くかかった。汗が流れ落ちて、寒い。人肌を欲し、迎える。

「っ、ぁっ……ぅん!」

 自分はとうに限界を超えているはずだ。ワトスンはそれでも無理に押し込むことはせず、私の睾丸を揉みしだき緩めていく。身体を侵す快楽が強すぎて、完全に勃ちはしないものの、何度となく気をやった。繰り返し襲う中枢への淡い攻撃。無意識に腰を突き出す。頭を片腕で抱き込み、耐えた。

「ここかい?」
「っ、ぁ。く。あ……、だめっ」
「ああ――わかった」

 箍が外れたのは一点への突きだった。抜き差しして擦るのは危険だと思ったのか、揺さ振りをかけて深い所だけを掻き乱す。

「あっ! 無理だ。は……早く、ワトスン。僕は――無理なんだっ……こういう――あぁっ」
「ホームズ!」
「駄目だ、だからっ、イ、イく。いやだ、まだ」

 まだ欲しい、と言った途端に、体に刺したモノの余裕がなくなった。互いの名前を呼んで、悶えながら狂う。前立腺を激しく圧され、短く抜き差しを繰り返す度に体が溺れた。甲高く鳴いて、後ろから抱き寄せられた。なぜ向かい合わなかったのだ。抱き返せない。

「こっちが触って貰いたがってる」
「や、っ――! それは」

 前を握り扱く力が早まり、いてもたってもいられなくなった。必要以上に腹を汚し、先端が泡を噴いている。譫言が部屋中に響く。髪が崩れる。一瞬落ち着いてかき揚げようとする手を押さえられ、激しい動きに変わった。

「ぁあ。……い、いい」
「くっ――……!」
「――……!」

 ワトスンが体を引き、嫌だ、抜くなと私が暴れるのを押さえ、強く突かれる。それが最後だった。

 寸前で身体から抜き出る怒張を引き止めることはできず、とめどなく流れる熱い奔流が背後を叩きつけるのと同時に出した。臀部に開いた敏感な箇所を大量の精液が打ち付ける。横顔を台に伏せたまま見ると、綺麗とは言い難い光景のはずなのだが、ワトスンは魅入られたように立ち竦んでいた。

「はぁ。はぁっ。――ぁ」

 崩れかけた上半身と足元をワトスンの腕が捉え、床につく前に抱き込まれる。

「っ……ぁ――……」

 口を数秒塞がれただけで気を失ったのだが。愛してると囁きかけられたのには目で応えたはずだ。後始末と裏工作をしなくてはという思いで目覚めたのは、下宿のベッドで、二日後のことだった。





 傷の手当てと掃除がいかに大変だったかワトスンはしつこく私に聞かせたが。こっちは馬車の中で膝枕をして貰えたのかどうかということの方が重要である。

 何も知らないレストレードはその後もワトスンを誘っている。以前と違うのは、仲間外れにされて拗ねている私を気遣い、会員になったら一人打ちができますよ、と愛想よく笑うことだ。

 ビリヤードは対戦相手がいても点に関係なく――一人で制止した玉に向かい打ち込むゲームだから、ホームズ先生には向いていると言った。勿論を愉しみになど行ってない。誰かの送り迎えのためでもだ。


 暫くいろいろと痛かったことだけ、私の手記には記録しておこう。


End.



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