すずの気持ち
今まで、自分から好きになってお付き合いをしたことがなかった。いつも告白してくれた人と付き合って、好きになって、でも触れられると何となく嫌悪感を感じてしまって、終わり。私は心の底から誰かを好きになれないのかなって不安だった。……今ではそれが、全くの杞憂だったとハッキリ言い切れるけれど。「すずちゃん、見て。空綺麗だね」
朝と言えども夏の空気がむわっと肌を襲う。ジリジリと照り付ける太陽も、夏特有のもの。繋いでいる翔さんの手も熱くて、でも何故かこの人は汗をかかない。私だけ手汗をかいて恥ずかしいけれど、翔さんは全く気にせず爽やかに空を見上げていた。
誰もが思わず振り返る容姿を持つ翔さんは、どこへ行っても目立つ。最近、あまりにも目立つから翔さんは髪の色を変えた。プラチナブロンドから普通の茶色に。翔さんの整った顔にプラチナブロンドもとても似合っていたけれど、茶髪ももちろん似合う。ただ、茶髪にしたからと言って翔さんの美しさが減るわけでもないので、目立たないようにという点に関しては全く効果がなかった。
「あ、すずちゃんこっち向いて」
不意に翔さんがそう言って、長く美しい指を私に伸ばした。必然的に近くなる顔。こういう時は大抵キスをされる。そう思って私は思わずぎゅっと目を瞑った。
「……見て、すずちゃん。蝶々ついてたよ」
「……!」
き、キスじゃなかった。翔さんは髪についた蝶々を取ってくれただけだった。花と勘違いしているかのように、蝶々は翔さんの指から離れない。蝶々と戯れる長い指は見惚れるほどに美しくて……。見惚れているのは私だけではなく、周りの女性、いや男性も同じだった。
「すずちゃん、キスは人前でしちゃダメなんでしょ?」
時間差でからかわれて固まってしまう。ニコニコと微笑みながら私を見ている翔さんは、本当に酷いひとだ。
お店が休みの今日、翔さんに散歩しようと誘われた。どうして散歩?と疑問に思っていると、たまにはすずちゃんと手を繋いで歩きたいだけ、と翔さんは微笑んだ。翔さんは純粋にそう思っていたらしく、ただ私の手を握りゆっくりと景色を見ながら歩いていた。
「お腹空いた?どこか入る?」
翔さんは最近、ちゃんとご飯を食べてくれるようになった。すずちゃんとの将来を真剣に考えたら、やっぱり衣食住くらいはちゃんとしないとね、と言ってくれたのが嬉しくて。私が担当の朝ご飯を気合を入れて作るようになった。お昼は一緒にいないことが多いけれど、夜は私たちと一緒に賄いを食べてくれる。そうやって私のために変わろうとしてくれることも、たまらなく嬉しい。
私たちは通り沿いにあるカフェに入った。店員さんもお客さんも翔さんに見惚れていて、こんなに色んな人に注目されて翔さんは疲れないのかなと思った。
「すずちゃんどれにする?」
でも翔さんはあくまでいつも通り。慣れているんだろうな、と納得した。食事の所作まで美しい翔さんを眺めながら、私もサンドイッチを頬張る。翔さんの作ったものが一番美味しいけど、これも美味しい。ふふっと幸せすぎて微笑めば、翔さんも笑った。そんな幸せな時間を邪魔する存在が近くまで迫っているとも知らずに。
「……すず?」
名前を呼ばれて反射的に振り返る。けれどそこに立っていた人を見て、後悔した。
「知り合い?」
翔さんが不思議そうに聞いてくる。でも私は何も答えられずに、曖昧に笑った。
「もしかして、今の彼氏?」
翔さんの目が一瞬細められる。きっと彼のその言葉で気付いたんだ。彼が、元カレであることに。
彼は大学の2回生の春から1年ほどお付き合いしていた人。
『すずって不感症だな』
そう言って、私にトラウマを植え付けた人だ。彼は女の子と一緒にいた。同じサークルだけれど、別れてから疎遠になったからその後は知らない。新しい彼女かな。でもその彼女も翔さんに見惚れて頬を赤くしていて、それを見て元カレは舌打ちをした。
「すず、彼氏できたんだな。セックスできないくせに」
「……!」
ああ、彼の言葉で私はまた傷付く。もう別れた人だし、今は翔さんがいるから気にすることなんてない。でも翔さんの前で言わないでほしい。そんな願いも空しく、彼は私を馬鹿にする口調で彼女に向かって続けた。
「コイツ不感症なんだよ。俺とヤッても全然濡れなくて……」
「すずちゃん」
テーブルの下でぎゅっと握っていた手を、長い指が包み込む。ハッとして顔を上げれば、翔さんがいつもの優しい笑顔で私を見ていた。
「また蝶々止まってたよ。すずちゃんをお花だと勘違いしてるみたい」
さっき私が思っていたことを、翔さんは口にした。彼の言うことなど、全く気にしていないようで。翔さんは私の髪に止まっていた蝶々に触れた。
「食べ終わったなら出ようか。すずちゃん、おいで」
優雅な手付きで、翔さんが私の手を取る。そして彼にも同じように笑顔を向けて横を通り過ぎた。
「っ、あの、翔さん」
「ん?」
「さっきの、気にしてないんですか?」
散歩を終えて家に帰ってから、私は翔さんに恐る恐る聞いてみた。翔さんはキョトンとした後、「ああ、」と思い出したように言う。
「どうして気にするの?だってすずちゃん、俺とする時感じるでしょ?」
そ、そうだけど……。俯いてしまった私の頬を撫で、ふわりと包み込むように抱き締めてくれた翔さんは。
「すずちゃんを傷付けようとしたのは許せないけど」
と続けた。……そうだ。私には翔さんがいる。何も怖がることなんてなかった。
抱き合ったまま、触れるだけのキスを繰り返して。このままベッドに……という空気の中。テーブルの上で私の携帯が震えた。後でいいや、そう思ってもう一度目を瞑ったけれど、私の代わりに翔さんが携帯を手に取った。
「電話だよ」
ディスプレーに表示されていたのは、さっきの元カレの名前だった。今更何の用だろう。出るわけないのに。翔さんの腕にぎゅっと抱きついたら、翔さんが通話ボタンを押してしまった。そして私の耳元に電話をやる。1年以上ぶり。耳に彼の声が響いた。
『すず……さっきはごめん』
「え?」
予想外の台詞に目を瞬かせた時。翔さんが突然私を抱き上げてそのままキスをしてきた。さっきまでの触れるだけのものと違い、濃厚なキス。そしてそのままベッドまで運び寝かせる。
『すず?』
「っ、あの、」
言葉は翔さんの口に呑み込まれる。舌を絡め、歯列をなぞられ。体がぶるりと震えた。
「だ、いじょうぶだから、気にしないで」
『すずが今の彼氏と幸せそうに笑ってたからさ……ほんとごめん』
言葉を紡ぐのが必死の私の服を、翔さんは脱がしていく。まず電話を切りたいと口パクで訴えたら、翔さんはとってもいい笑顔で囁いた。
「すずちゃんがどんなに感じるか、聞かせてあげたら?」
と。ありえない。絶対無理。恥ずかしすぎる。ジタバタと身を捩る私の手を、翔さんは優しくベッドに縫い付ける。そして、ブラを下げて乳首を口に含んだ。
「ふ、」
『え?』
私の声に電話の向こうの元カレが反応する。いやいやと首を横に振っても、翔さんは止まらなかった。乳首を吸い、舌で転がし、もう一方の乳首は指で弾く。私は自由になった左手で口を押さえた。
『俺さ、ずっとすずとちゃんと話したいと思ってた』
「っ、ぅ、っ」
『本当はずっと、忘れられなかったからさ』
翔さんはショートパンツも下着も脱がし、大きく脚を開かせる。まさか、そこはやだっ!必死で翔さんの頭を押したけれど無駄だった。
「……!」
じゅる、と翔さんがそこに吸い付く。私はビクビクと体を震わせて必死で声を抑えた。電話を切ろう。何も言わずに切るのは申し訳ないけど、今の状況じゃ喋れない。力の入らない指でボタンを押そうとした時、翔さんに携帯を奪われた。そして、私には届かないところに置かれてしまう。通話中のまま。
その間も翔さんは容赦なく私を攻め立てる。舌で突起を舐め、転がし、吸い付く。同時に指が中に入ってきて、私は呆気なくイッてしまった。
「……もしもし」
「っ、翔さん!」
力が入らない私の体を片手で押さえて、翔さんが電話を耳にやる。慌てて携帯に伸ばした手はそのまま口に持っていくしかなかった。翔さんが、熱くなった自身を一気に挿入したから。
「すずちゃんに何か用?」
ぐちゅ、ずちゅ。いやらしい音に耳を塞ぎたい。電話の向こうまで聞こえていたらどうしよう。翔さんは私を熱い瞳で見下ろしながら、普通の声で会話をする。翻弄されているのは私ばかりだ。
「すずちゃん?今はね……」
翔さんが私を見下ろして笑う。
「ちょっと取り込み中」
ズン、と奥まで突かれて。私はまた体を震わせてイッた。
「すずちゃんのことまだ好きなの?……そう、分かるよ。すずちゃん可愛いもんね。全部」
余韻に浸る私の体を、翔さんはまた揺さぶり始める。乳首も愛撫されると、また体に力が入った。太ももを掴んで、大きく開かれた脚の間。翔さんのそれはいやらしく、そして的確に私の気持ちいいところを突いてくる。
「でもね、すずちゃんはもう俺のだよ。電話代わってあげようか?」
「……!」
翔さんは電話を枕元に置いて、私の体をうつ伏せにした。電話が目の前にある状況で、後ろから突かれる。
『すず?』
「っ、ぁ、」
「ねぇ、すずちゃん」
体を倒して私を抱き締める翔さんが、耳元で囁く。
「聞かれるかもしれないって、興奮してるでしょ。いつもより濡れてる」
繋がっているところから、太ももを液体が伝う。恥ずかしいのに。ゾクゾクとした快感が体を襲って止まらない。翔さんは私の腰を掴んで、容赦なく攻め立てる。目の前がチカチカするほどの快感に、私はまた達した。
「……もしもし、ごめんね。すずちゃん今喋れないみたい」
翔さんの声が遠く聞こえる。ぐったりとベッドに寝転ぶ私の体を横向けにし、翔さんは足首を掴んだ。
「大丈夫だよ。すずちゃんのことは俺が一番上手に愛せるから。君の心配には及ばない。……自分が下手なの、すずちゃんのせいにして傷付けたこと。ずっと後悔してればいいよ」
恐ろしいほどの綺麗な笑顔と低い声で言って、翔さんは電話を切る。そして私を甘い瞳で見つめた。
「……可愛いすずちゃん。やっぱり君は俺に愛されるために生まれてきたんだよ」
翔さんに言われると、本当にそうなんだろうって思う不思議。ぶるりと震える私の脚をしっかりと掴んで、翔さんは一番奥に欲を吐き出した。熱い息を吐きながら。
後日、滝沢が翔さんに言ってきたらしい。
『藤堂の元カレが二度と藤堂の前に姿見せないって震えながら言ってたんですけど何かあったんですか』
と。