甘い吐息

 バイト終わり、彩香ちゃんと二人で話す機会があった。悠介さんは、彩香ちゃんが未成年ということから彩香ちゃんにまだ手を出さないと決めているらしく、未だ二人はキス以上に進んでいないのだと聞いた。悠介さん、とても彩香ちゃんを大事にしているんだなと思って微笑ましくなる。
 そこでふと思った。翔さんと私は、思えば付き合ってからほぼ毎日体を重ねている。もちろん女の子の日もあるしそもそも一緒にいない日もある、私が忙しくてすれ違った日々もあるけれど。
 一緒に寝る日はほぼ毎日。翔さんがお休みの日なんか、一日中体を重ねて終わってしまう日もある。ちゃんとしたデートもしたことがないような。翔さんが私を大切に想ってくれていることは分かる。恋愛には色々な形があることも、もちろん分かる。……でも、ちょっとだけ。ちょっとだけ悠介さんと彩香ちゃんのプラトニックな関係が、羨ましいと思ったり……

 その日も部屋に入るなり抱き締められて顔中にキスが降ってくる。とても幸せで心地いいのだけれど、今日は流されないと決めていた。

「か、翔さん!」

 服の中に入ってきた手を押さえる。私の反応に、翔さんは不思議そうな顔をした。

「どうしたの?」
「っ、あの、今日も疲れましたね。お風呂入りましょ」
「うん、もちろん入るけど。え、お風呂でしたい?」

 ち、違う、そういうことじゃない!私が言葉を選んでいる間にも翔さんは私の服を脱がせまた体にキスをしてくる。私は必死でその腕の中から逃げ出した。このままじゃ流されちゃう……!

「きょ、今日はしません!」

 焦りのままハッキリと言い切ってしまい、後悔する。翔さんに嫌な思いをさせてしまったらどうしよう。できないならお前なんかいらないって言われたらどうしよう。でも私の心配なんて超えて、翔さんはキョトンとしたまま言った。

「すずちゃん、生理この前来てたよね?」

 だから……!!

「今日は、あの、そんな気分じゃないので!」
「え」
「だ、だめですか……?」

 翔さんは衝撃からかしばらく固まっていたけれど、「ダメじゃない」と言って微笑んでくれた。そして、私の頭を撫でて抱き寄せてくれる。

「たまには抱き締めるだけも、いいよね」

 翔さんがそう言ってくれたから安心して翔さんに抱き付いたのだった。その日は本当に軽くキスしたり抱き合ったりするだけで眠った。もちろん体を重ねるのも幸せだけれど、こうやって触れ合うだけも幸せだな。
 その次の日も、私は翔さんの誘いを断った。試すわけじゃないけれど、体だけの関係じゃないって再確認したかった。翔さんは文句も言わず微笑んで私のわがままに付き合ってくれた。
 でも、それが5日続いた時。悠介さんが翔さんに聞こえないように聞いてきた。

「翔と喧嘩でもした?」
「え、どうしてですか?」
「昨日翔が俺ん家来てきのこ生やしてた」

 と。昨日は香穂と出掛けていて翔さんと一緒にいなかったから知らなかった。私もしかして、翔さんに無理させてる……?

***

「すずちゃん、帰ろう」

 翔さんは仕事が終わると、いつものように手を繋いでくれた。家に帰ってからも、最近は抱き締めたりキスしたりしてこない。淡々とお風呂を入れてソファーに座ってテレビを見ている。翔さんといると、私はいつだって幸せだ。でも、前は「大好きだよ」「愛してるよ」っていっぱい言ってくれたから。こうやって翔さんが私を見ていないのが、とても寂しく感じる……。自分が言い出したのに、わがままだよね。

「翔さん……」

 立ったまま後ろから翔さんの首に腕を回すと、翔さんは「どうしたの?」と優しく聞いてくれる。何も言えない私に、翔さんはふっと笑って私の手を解いた。

「お風呂入ったよ。行こう」

 ねえ、翔さんお願い。こっち向いて。えっちできなかったら、もう私のこといらない?
 先に洗面所に行こうとする翔さんの背中に、私は思わず抱き付いていた。

「……ごめんなさい」
「え?」
「翔さん、ごめんなさい。もうわがまま言わないから、好きって言って。私のこと見て。お願い。私を嫌いにならないで……っ」

 もう、本当にわがままだな。こんなんじゃ本当に嫌われちゃう。泣きそうになって、翔さんのお腹に回した手に力が籠る。すん、と鼻を啜った時、翔さんが焦ったように振り返った。

「ごめん、すずちゃん違う!泣かないで!」

 翔さんのほうが泣きそうな顔で、私の顔を覗き込んでくる。でも何だか久しぶりに翔さんがまっすぐ私の目を見てくれた気がして。安心して涙が出た。

「何となく、分かってたんだ。すずちゃんの思ってること。俺もすずちゃんを抱き締めたりキスしたりするだけで本当に幸せ。すずちゃんには毎日無理させてるなって思ってたし、ちゃんと我慢しようって……本当に、思ってるんだ」
「翔さん……」
「でも……ごめん。すずちゃんといると、やっぱりしたくなる。すずちゃんを抱きたいって思っちゃう。愛しさが抑えきれなくて、衝動的にすずちゃんを滅茶苦茶に抱きたいって、そう思ってしまう」
「……っ」
「ごめん。本当にごめん。大好きなのは、本当なんだけど」

 翔さんは切なく顔を歪めると、俯いてしまった。……私って、本当に馬鹿だ。翔さんがどれだけ私を大切に想ってくれているか、分かっていたのに。他の人と比べちゃうなんて。

「……翔さん」

 翔さんの胸に抱き付く。世界で一番安心する場所。翔さんの匂いと体温に包まれて、心地いい場所。

「私も、翔さん見てると抱かれたいなって、思うことあるよ」
「……」
「仕事中も思っちゃうから……、隠すの大変」
「……」
「ごめんなさい。もう我慢しなくていいから、ちゃんと私のこと見てて?」

 その瞬間、翔さんが私を抱きあげる。軽々と、私を両腕で抱えて。翔さんは私の頬にキスをした。

「すずちゃん、愛してる」
「私も愛してる」
「久しぶりに、エッチしよっか。すずちゃんのこと愛してるって、全身で伝えるから」

 頷く代わりに柔らかい唇にキスを落とした。
 互いの体中にキスをして、気持ちいいところを愛撫して。ゆっくりと繋がると、嬉しくて幸せで涙が出た。ベッドが軋む音も、翔さんの甘い吐息も。全部が愛しくてたまらない。

「……ね、すずちゃん」
「ん、っ」
「こうやってすずちゃんとする度にさ、思うんだ」
「ん……?」
「このまま一生離れられないように、一つになれたらいいのにって」

 私を犯す熱は狂おしいほどに熱いのに、私を見る瞳は蕩けそうなほどに甘い。首筋に、頬に額に。順番にキスをする翔さんから、愛しい香りが漂う。確かに、このまま一つになれたら。この熱も、優しさも、香りも、体温も。私のものになるんだな。

「すき」
「うん」
「ほんとうに、だいすき」

 隙間もないくらいに抱き合って、私たちは甘美で濃厚な夜を過ごす。
 私の膝を持って、翔さんは体を起こした。いつも微笑んでいる翔さんが、私を抱く時にだけ見せる男らしい顔が好きで。ギラリと光る瞳が好きで。ゾクゾクと体が快感に震える。髪も、瞳も、唇も、肩も、腕も、指も、掌も、全部全部。翔さんをかたちどる全てのものが、私を興奮させる。
 自分でも分かる。離れないでって、翔さんのそれを自分が締め付けるのが。翔さんの綺麗な唇から洩れる吐息が甘い。

「ん、んん」
「っ、ああ、すずちゃん、また締めたでしょ」
「だ、って、」
「ほんと、気持ちよくてどうしよう。ま、いいか。一生すずちゃんとしかしないんだし。溺れても」

 穏やかな、二人だけの世界。私たちは手を握りあって、見つめ合って、同時に果てた。

***

「仲直りしたんだなー。よかったよかった」

 そう言ってきた悠介さんに顔が真っ赤になる。悠介さん曰く、私とした次の日の翔さんは無駄に輝きが増すらしい。

「翔くん、注文ー」
「はーい」

 女性のお客さんに呼ばれて歩いていく翔さんの後ろ姿を見つめる。その首筋には、私が昨日つけたキスマークがついていた。無意識の内につけていたそれを、翔さんは今日ずっとつっこまれていた。

「あ、それってもしかしてキスマーク?」
「昨日はどんな子相手にしたの?あ、もしかしてこの前来てたモデル?」

 顔を引き攣らせる私を見て、悠介さんは「まぁまぁ」と宥めるように笑う。お客さんはまだあまり私達のことを知らない。彼女ができたんじゃ、と噂する人はいるみたいだけれど。でも、翔さんはつっこまれる度に同じ言葉を返していた。

「違うよ。世界で一番大事な子。俺が唯一抱きたいって思う子」

 と。その度に幸せを感じてしまう私は、大分翔さんの甘さに毒されているのかもしれない。

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